Episode2.第二の試練、その前に(上)
僕たちは洋服屋から出て、学園の方へ向かった。
第二の試練、クラリーの入学手続きだ。
入学と言っても転入手続きとなるだろう。たしか、転入には試験をクリアし、面接をクリア。それでようやく手続き完了だ。
いや、待てよ。そもそも間に合わないんじゃ?入学式は明日四月八日だ。少なくとも転入手続きには七日はかかる。入学式に間に合わせることは不可能だ。
「ねえ、ちょっとファミレスでも寄って行かない?色々積もる話もあるだろうし」
僕が思い悩んでいると、未来香がはつらつとした声で言う。
僕は相変わらずだと思った。昔から未来香は元気一杯の病気知らずだ。その上、僕よりも背が高い………。運動神経抜群で、僕が勝てるのは歌唱力などの音楽系統や、美術系統だけだ。
「ファミレスってなんだ?」
クラリーが不思議そうに首をかしげる。無理もない。神々の国アルカティアにはファミレスはないだろう。というかあってもおかしい。なかなかシュールだ。神々がファミレスでドリンクバーで粘るとか。僕は思わず噴き出してしまった。
みんなからの視線が集まるが、僕はなんとかごまかす。
「御酒野様はお疲れでおかしくなったようですわ。ともかく、ファミレスと言うのはファミリーレストランの略ですわ。簡単に言えば………。いや、『百聞は一見にしかず』ですわ。いってみた方が早いと思いますわ。クラリー」
「ふぁみりーれすとらんだと?いや、その前にわたしを呼び捨てとは良い度胸だな。クロノアのくせに」
「失礼いたしましたわ。でも、思い出してみてください。我々アルカティアからの研修生同士に身分の差はない。そうアルカティア憲章第九十条に書いてありますわ」
「仕方ない。お前の無礼を許してやる。涙を海ほど流して感謝するのだ」
「海ほど流したら干からびちゃうよ。いや、それでも足りないくらいだ」
「御酒野快斗は黙りたまえ」
「なんだよ!僕は事実を述べただけさ」
僕たちがくだらないことで論争を始めると、未来香が、呆れたように手を叩いた。
「はいはい。わかったから行くの?行かないの?」
「そうだね。僕は行くよ。クラリーは?」
「ふむ、御酒野快斗がどうしても来て欲しいと言うような子犬のごとき眼差しを送ってくるのでついていってやろう」
「そんな目してないよ!来たくないなら来なきゃ良いだろ!」
「行きたくないとは行ってないぞ?このわたしが行ってやるのだありがたく思え」
「素直じゃないな…………」
僕はそっとため息をつく。これからあんな我が儘で、恩着せがましい女の子の面倒を見なくちゃならないのか。恐らく犠牲になるのは僕のメンタル。そして、胃壁がやられ胃潰瘍、さらに追い討ちをかけるように血管が硬くなって動脈硬化まっしぐらだ。一寸先は闇どころか何寸いっても闇だ。ああ、鹿児島に帰りたい。せめて死ぬときくらいは故郷がいい。
「ねえ、クラリーちゃんだっけ?あの子ってかなりのツンデレじゃない?」
「ツンデレって、ツンドラ性デッカイゲレンデの略?」
「何でそうなるのよ!もういい。そう思ってなさい。そして、あなたは聞くの、『ツンデレってツンドラ性デッカイゲレンデの略かい?』って。さんざん笑われるよ?」
ダメだ。都会の常識についていけない。しかも、僕の答えと来たら『ツンドラ性デッカイゲレンデ』だ。もう訳がわからない。
クラリーはさりげなく聞いていたらしく、怪訝そうな顔で、
「なんだ?わたしがつんでれだと?それは誉めているのか?」
「誉めていると思いますわ。多分」
最期のところだけ微妙に頼りないながらもイルマがフォローする。
僕は脳内辞書のツンデレについて誉め言葉と記憶した。
そのあとも僕たちはごく普通に話しながら歩いた。
しばらく歩いてからよく見かけるごく普通のファミレスが見えてきた。僕たちはレストランに入る。ちなみに、時間が時間だからか僕たち以外はほとんど客はいなかった。無論、好都合だ。
「なんだこれは?上手そうなものがたくさんあるぞ!やい、御酒野快斗!人間はこんなうまそうなものを毎日食っているのか?」
「いや、毎日ではないけど…………。そんなに珍しいのかい?君たちはいつも一体何を食べているんだ?」
「まあ、生け贄に捧げられた動物がメインだな」
「生け贄!?本当に食べてたんだ……………」
「しかし、最近信仰深き人間が減ってしまったからな。人間界の食べ物を栽培していたりする。ぱんと言ったかな?あれはなかなかうまかったぞ」
僕は少し意外に思った。メニューを貪るように見るクラリーの目がキラキラとしていたからだ。明らかにあまり食べなそうなクラリーがこんなにもメニューに夢中になるとは。
「クラリーはよほどお腹が減ってたようですわ。未来香さん、わたくしはイチゴサンデーにしますわ」
「イルマがイチゴならあたしはチョコバナナにでもしようかな?快斗は?」
「僕はドリンクバーだけでいいかな?お腹も減ってないからね。クラリーは決まった?」
「えっと、これとこれとこれとこれとこれ!」
僕は思わず目を見張った。クラリーが選んだものは、ハンバーグにオムライス、そしてミートスパゲティ、グラタン、さらにはデザートのソフトクリーム。締めて2432円になります。
「ちょっと食べ過ぎじゃない?」
「なんだ?このわたしが食べきれないとでも言うのか?面白い。このわたしの底無し沼のごとし胃袋が料理たちを消化吸収の混沌へと誘ってやろう」
「いや、言い方がものすごくおかしいよ?要するに君はすべて食べきるということだね?」
「まあ、そのような感じだ。わかっただけ成長したな御酒野快斗」
「いちいちフルネームで呼ぶな!御酒野か快斗かどっちかにしろ!」
「ではミッキーよ」
「変なあだ名をつけるな!誤解を生むよ!」
僕とクラリーが口喧嘩しているところで、未来香が呼び出し用のボタンを押す。お馴染みの音が鳴り響く。しかし、クラリーにはかなり珍しいもののように感じられたらしく、
「面白いな。これは押すと音がなるのか」
何度も何度も連続で押しまくる。まるで小学生だ。