Episode.1 第一の試練
僕たちは神沢に戻ってきた。正確に言えばクラリーはやって来た、だが。
僕は借りているアパートの鍵を開ける。少しばかり古いところだが、相場よりかなり安いので文句は言えない。
「………実にショボい住まいだな。しかも、部屋がたくさん。全部お前の部屋なのか?」
クラリーが辺りをキョロキョロと見渡しながら言う。ちなみに、セシルさんが僕の家の近くに飛ばしてくれたお陰でクラリーの地上では珍しい服装も見られることはなかった。
僕は小さくため息をつく。
「ショボいとか言っちゃダメだよ。それに、僕の部屋はここだけだよ」
僕が親切に教えてあげると、クラリーは慌てた様子で、
「ふっ、その程度のこと、わたしが知らないとでも?それと、わたしたちはあくまで主従関係だ。これからは言葉遣いに気を付けたまえ」
「はいはい。わかりましたよ」
ドアを捻り、クラリーを促す。しかし、クラリーは靴も脱がないで部屋に上がり込んだ。僕は思わず声をあげる。
「靴のまま入っちゃダメだろ!」
「知ったことか。そして、言葉遣いだ」
「靴を脱ぎなよ。靴を。アルカティアで許されても、こっちでは許されないんだ。それに、この部屋は僕が借りてるんだからね」
「それでは、まずはこちらでの研修内容の確認だ」
「こらこら。無視するなって」
クラリーはあろうことか靴を履いたまま部屋の中央のテーブルに立って説明を始める。なんというかひどいマナーだ。僕的にはそこから直すべきだと思う。
「まず、第一の試練!」
「試練!?」
「この地の服を手に入れ、装備する!」
「お使い!?」
僕は驚いた。まさか試練とか言っておきながら、ただのお使いだとは。
「そして、第二の試練!」
「またお使い?」
「人間界の高校に入学し、卒業する!」
「なんじゃそりゃ!」
僕は衝動的にツッコんだが、まず、僕と同じ学校に通うとしても、試験、手続き、面接が必要だ。今からだととても間に合いそうにない。
さらによく考えるとクラリーのおかしな格好で出掛けるのもまずい。
た、確かに試練だ!
「と言うわけで、人間界のおかしな服装を特別に買いに行ってやろう。御酒野快斗」
「ストップ!さすがにその格好だとこちらでは目立つ。それに、君ってお金持ってるの?」
「愚問だな。御酒野快斗。お前が払うに決まってるだろう?それに、いい加減その馴れ馴れしい口答えはやめろ」
僕は仕方なくトランクの中からパーカーを一着取り出す。もちろん、僕がかなり小柄だとはいえ、僕よりも一回り小さなクラリーには大きすぎるだろう。
それでもちょうどいい。クラリーの摩訶不思議な格好を隠せる。ついでに帰りに学園に寄っていける。最高じゃないか。試練を楽々攻略。素晴らしい。
「とりあえずこれを着ておいて。多分不思議がられないよ。じゃなくて、られませんよ」
「まあいい。行くぞ」
クラリーは急いで玄関へと走る。もちろん、彼女が通った跡は汚れている。あとで雑巾がけでもしなくてはならない。そう思うとため息が出る。
それでも、僕は鍵を開け、クラリーと共に第一の試練へ挑む。服を買うと言う名の試練へと。
僕たちはあちこちにある量販店にやって来た。シンプルだが安いのがウリで、多くの人々から支持を得ている。僕も愛用している店だ。
もちろん、今回はクラリー用の服を買うのが目的だ。とりあえずサイズがわからないことにはどうしようもない。僕の勝手な予測だと147㎝くらいだと思う。だから、150㎝のものを試してみようと思う。とりあえず手近にあったピンク色のTシャツをクラリーに渡す。
「ほう、地上の民はこんなものを着るのか。で、どうすればいい?」
「そこのスペースにカーテンがあるでしょう?そこは試着室といって服を試しに着てみることができるんです。姫様のサイズがわからないからとりあえず147㎝と仮定して150㎝のものを選ばしていただきました」
思った以上に周りが優しい目で見てくれる。恐らく、僕が童顔で小さいから兄妹同士でおかしな遊びでもしていると思われているのだろうか。
いや、よくよく考えればクラリーはいかにも外国の少女というような感じだ。兄妹とは思われずらいだろう。それでも、これは好機ととらえるべきだ。
僕は心の中で小さくガッツポーズをする。
「ふむ、せんちと言うのはよくわからんが、試しに着ればいいのだな。少し待っていろ」
クラリーはそう言って試着室に入る。そのときも、「脱いだ服はどこにかければいい?」と聞いてきた。恐らく地上の常識はほとんど知らないのだろう。それでも、僕は丁寧に答えた。
しばらくして、クラリーが試着室から出てくる。
正直言って何かが違う。間違いなく違う。
「似合うか?お前のちょいすだぞ?」
「ま、まあいいと思いますよ…………」
「全く、これだから年中パーカー男は」
どこからか声が聞こえた。聞き覚えがあるような無いような。そんな声が。
後ろを見るとやや明るめの茶髪を少し長めに伸ばした少女が腕を組んで立っていた。隣には銀色の髪をしたその少女と同じくらいの背丈の少女が立っていた。
思い出した。確か茶髪の方は…………。
「未来香…………。久しぶり」
「まさか、あなたと会うなんてね。久しぶりね、快斗」
そう、彼女は青桐未来香。僕の幼馴染みだ。昔、神沢にすんでいた頃よく遊んでいた相手だ。まさかこんなところで再開するとは。
ちなみに、僕よりも少しだけ身長が高い。というより、僕が小さい。
「むむ、お前はイルマ!」
「あら、ごきげんようクラリー姫」
どうやら連れ同士でも知り合い以上の仲らしい。だとしたら、なぜ未来香がイルマと言う、恐らくアルカティアの少女と一緒にいるのだろう。
「もしかして、未来香も…………。いや、細かい話は後でゆっくりとしよう。今は買い物だ」
「それより快斗、女の子のものを選ぶときに、女の子だからピンクとか今頃おじさんでもあまり選ばないと思うわ」
未来香の言葉が地味に心に傷を負わせる。しかし、この程度のことではへこんではいられない。
「だったら、クラリー姫に似合う服を君が選んでよ。僕はセンスがないんでしょ?」
「そうね。じゃあ、イルマも少し待ってて」
そう言って未来香は服を探しに行く。そのとき、イルマが僕に話しかけた。
「はじめまして。わたくしは、イルマ・クロノア。クロノア一族の長の娘にして、全能神継承第七候補者ですわ。あなたが御酒野快斗様ですね」
「そうだけど?」
「『使い』は、友であり、守護者であり、互いに力を合わせて困難に立ち向かう。この文は『使い』の心得38章3項に載っていますわ。だから、クラリー姫には敬語ではなくタメ口で話すべきですわ。あの方のプライドよりも心得が優先ですから」
そうだったのか。僕は全く読んでないからわからなかった。それなら遠慮なくタメ口で話すことにした。
ちょうどそのころ、未来香が戻ってきた。手にはいくつかの服を持って。
「クラリーさんだったっけ?ちょっと着てみて」
クラリーは渋々といった様子で試着室へと入った。それでも、素直に聞くのだからいい方だ。
そして、何分かたった頃、クラリーが出てきた。クラリーには未来香の選んだ服はとても似合っていた。ちなみに、色違いもいくつか持ってきていたようなのであとはクラリー次第だ。
「似合ってる。とってもね」
「ふむ。ではこれらにしよう。支払いは頼んだ」
かくして僕たちは第一の試練をクリアした。
しかし、次の第二の試練こそが難所である。僕は少しだけ不安だった。