Prologue.神と使い
僕、御酒野快斗は暖かい日差しの中、歩いていた。最近この新都・神沢の町に引っ越してきたが、大分慣れてきた。
僕は明日からここの名門校に通うため、遥々鹿児島かやって来た。そして、なんの変鉄もなく独り暮らしをし、なんの変鉄もなく学校に通うはずだった。
しかし、僕はおかしなことに巻き込まれてしまう。それは、一つの出会いからだった。
歩いていた僕の目の前に一人の翼の生えた人が姿を表した。しかし、驚いているのは僕だけのようだ。通り行く人々は僕を冷ややかな目で見るだけだった。
「御酒野快斗様ですね?私はセシルと申します。おめでとうございます。御酒野様」
僕はいきなりで全く事情を理解できなかった。しかし、構わずにセシルは続ける。
「では、我が国、『アルカティア』にご案内します」
体が宙に浮き上がっている!?しかし、相変わらず人々は気にも留めない。翼の生えた人間………まさか天使だろうか?だとしたら恐らく僕は死んだことになる。まさか。
「到着いたしました。ようこそ。神の国『アルカティア』へ」
神の国?ますますおかしな展開だ。たしかに、風景はいかにも神様の国という感じではあるが。
そのままセシルに連れられ、大きな神殿のような建物へ入る。中には二人の人影があった。
一人は髭を長く伸ばした初老の男で、もう一人は髪を複雑に結んだ、僕と同じくらいの年と思われる金色の髪の少女だった。
「ようこそ。御酒野快斗よ。私はギウス。第46852064代全能神だ」
全能神?まさか。物語の世界じゃあるまいし。しかも、46852代目なんて。
「お聞きしますが、神というのは流れ星にお願いするときや、奇跡を願うときに祈りを捧げる神様で間違いないですか?」
「ああ。しかし、叶えるかは私次第だが」
「で、その気まぐれな神様が僕に何のようですか?」
僕は疑惑の目を向けながら聞いた。
セシルは『失礼ですよ。礼儀をわきまえてください』と耳打ちしてきた。
確かにその通りだ。ギウスが僕の知る神様なら僕の命をここで絶つことだって可能だ。気を付けなければ。
「では、説明しよう。まず、全能神は優れた神の親族の中から選ばれる。そして、現全能神の子供は第一候補となる。そして、候補者は三年以上人間界で『人の心』を学ばなければならない。もちろん、この国にいる間は神々は交戦できないが、理は人間界で通用しない。そこで、守り手として『使い』が必要なのだ。そして、わが娘の『使い』として選ばれたのが君、御酒野快斗なのだよ」
僕はなんとか理解した。要するに、僕は神界のお姫様の護衛を頼まれたわけだ。
「そして、『使い』はその者の親が人間を含む、全ての生き物の中から無差別に選ぶ。ちなみに、神の持つ『手帳』はあらゆる力を持っている。『使い』はその力の媒介者となり、保持者の身の回りの世話などを引き受けなければならない。例えば、私の娘のものなら描いたものを具現化させる力を持っている。ただし、使えるものと使えないものがあるが」
「つまり、僕はお姫様を守ればいいと。でも、僕にはそんな重荷…………」
ギウスは、懐から何やら書類のようなものを取りだし、僕に押し付けてきた。
「まず、一番上の契約書は住所と電話番号を書いてくれれば良い。で、他のものは『使い』としての心構えなどが書かれたマニュアルだ」
「いや、誰もやるなんていってませんよ」
「ちなみに、君に拒否権はないよ。快斗くん」
僕はがっくりと肩を落とし、胸ポケットに入っているボールペンで住所と電話番号を書いた。仕方なく書いたそれをギウスに渡す。
「しかし、住所はともかく電話番号は必要ないような………」
「最近は携帯電話なるものが普及しているらしいな。そこで、某携帯会社の電波をハッキングして使っている」
「思いっきり犯罪じゃないですか!何やってるんですか!」
「うるさいぞ。黙れ御酒野。我が下僕よ」
今まで口を開かなかった少女がようやく口を開いた。しかし、今僕のことを下僕呼ばわりしたような気が…………。
「下僕はないだろう。何度も言っているが、『使い』は『下僕』ではない。その辺を勘違いするな」
「父上。わたしにはどちらも同じことです」
少女の水色の瞳には反抗の色が見てとれた。神様にも反抗期があるのだろうか?とことん僕の中での神という存在が覆されていく。
「すまんな。快斗くん。こんなバカ娘をよろしく頼む」
「バカにバカと言われたくはありません」
僕は『失礼します』とだけ言って、神殿を出て行こうとした。
「くれぐれも姫様をお守りください。もし、人間界で姫様が殺されるようなことがあればあなたはアルカティア憲法第42条に基づき、死刑となりますので悪しからず」
セシルの忠告に僕は唾を飲む。
少女。つまり、この国のお姫様が囁く。
「いいか、その耳垢だらけの不潔な耳を全力で傾けて聞くがいい。わたしはクラリー・ディ・アルカティア。この国の王女だ。貴様は我が下僕だ。主従関係は明らかだ。よって、わたしの命令には涙を流しながら全力で取り組むのだぞ」
僕は怒りが沸き上がるのをこらえて全力で無視する。
すると、僕は脛を蹴られたのを感じた。「いたっ」!と小さく叫ぶ。
「ふん。命令だ。次から無視をしたらわたしの蹴りを全力で受けたまえ」
「ハイハイわかりました。いてっ!」
「はいは一回だ!この馬鹿者!」
「はいわかりました。二度としません」
そのやり取りを見ていたセシルがクスクスと笑う。そして、
「では、人間界へ。私がお送りします」
セシルがそう言うと、僕たちはどんどんと地面へと近づいて行く。
そう。このクラリーとの出会いが僕の運命を大きく変えることになる。その事をこのときの僕も、クラリー本人もまだ知らなかった。