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3~お伽噺はもう歌わない

ウェラディアが頭の中を疑問符で埋め尽くす間も、ずっと大合唱は続く。


歌が盛り上がるにつれ手拍子が大きくなり、最後に盛大な拍手に変わると、ようやっと娘は仕事を思い出したように、注文聞きを再開し始めた。

その間誰も不満をこぼすでもなく、唐突に始まった合唱を楽しんでいたようだから、この店では、よくあることなのかもしれない。


「カルセドニーは、伝説の“漆黒の騎士”には、憧れてないのか?」

よくわからないながらも、そのぐらいしか思い当たる理由がなくて、短くざんばらになった金髪を揺らして首を傾げてみせる。


「まさか! 見ての通り、俺は生まれも育ちも王都っ子なんだぞ。“漆黒の騎士の歌”なら、子どもの頃から殆ど毎日聞かされて、歌いまくって育ったんだ。タムオッドを尊敬してるし、王陛下に仕えられたら、やっぱりそれは素晴らしいと思ってる。でもなぁ……」


「でも、数日後には"漆黒の騎士"になりたいと願う身としては、憧れはそろそろ卒業しようと――そんなところか?」


「あ、なるほど。それで、そんな顔を……」

カルセドニーの途切れた言葉を引き取ったロードナイトの品良く端正な面にも、どこかしら同じような思いが垣間見える。


子どもの頃からずっと抱いていた憧れを振り捨てても、そこに到達したい。

そんな想いが、ふたりの顔には強く顕れている。


「ははは。いや、多分、やせ我慢みたいなもんだよな。正直、そうやって言葉にされると、こっ恥ずかしいったらありゃしない。できれば聞かなかったことにしてくれ」

恥ずかしいって、そんな――。

カルセドニーは、普段はどこかひょうひょうと人を食ったような表情を浮かべていることが多い。なのに照れくさそうな顔で誤魔化されると、ウェラディアまで恥ずかしくなってしまう。


理解出来ないながらも、その表情をみれば、言ったことが心の奥底からの言葉であると、わかる。


本当は皆と一緒に歌いたい。

でも今はもう同じ気持ちで歌えない。


本当に、数日後に漆黒の騎士になるのだと信じているなら――。

庶民にとっては貴族でさえ、雲の上。ましてや国にたった一人しかいない王直属の配下など、こどものお伽噺に出てくる伝説の中の登場人物に等しい。


けれども、その存在を目指す身にしてみれば、それをお伽噺のままにしておくわけにはいかない。憧れているだけでは、いつまでもそれは現実にならない。

数十年、その職を勤めあげた現漆黒の騎士のタムオッドだって、その体は自分たちと同じ血と肉を持った一人の人間なのだ。


今も生きている伝説。

今も存在する現実。


それが自分とどう違うのだ。

我こそは漆黒の騎士たらんとやってきた者たちのうち、どれだけの者がそのことを実感しているだろう。


『お遊びで、漆黒の騎士になろうなんて参加する奴は、少し痛い目に合わせてやらないとな。こっちは真剣にこの選考大祭に、人生を賭けにきてるんだからさ』

先日キディンという青年に言われた言葉が甦る。


うん……そうね。

正直言って、私もわかってなかったかもしれない。


ただ、自分だけの騎士になってくれる人が現れるかも――甘い期待に浮つかされ、自分のことしか考えていなかった。剣士達が、どんな思いを抱いて参加しに来ているのか、これまでウェラディアは考えてもみなかった。


ロードナイトとカルセドニー。

このふたりと知り合ったことで、初めて、騎士の側の想い――仕えてくれるものの想いに触れた気がする。


もしこのふたりのどちらかが漆黒の騎士になるとして、自分はその想いに応えられるだけの主になれるのだろうか。


「俺は、あれだなぁ……賢王デュライの傍らに立つふたりの騎士。あれが自分にとっての理想の騎士像だなぁ……」

歌に熱狂する人々を、どこか遠くに感じて、蒼穹の双眸を細めて小さく笑った。

ウェラディアにとっての漆黒の騎士への憧れは、この歌に想い入れる街の人達とは違っている。


自分だけを守ってくれる騎士。


もし女王になって愛のない結婚したとしても、もし戦争が起こって前線に出なければいけない事態が起きたとしても、漆黒の騎士だけは、ずっとウェラディアのそばにいてくれる――そう信じられる存在であってほしい。


「賢王デュライとはずいぶんまた古いのを持ち出してきたな、おい」

「双の紋章騎士の創設譚か……確かに俺も……子どもの頃から、あの話が好きだった」

「え……」

カルセドニーの苦笑いのあとにロードナイトが、ゆっくりと睫毛を俯せる。

甘やかな相貌にうっすら微笑みを浮かべられ、ウェラディアは思わず見入ってしまう。


双の紋章騎士の創設譚はおおむね歴史を語る上で簡単に触れられるぐらいで、好きだったといわれるほどの物語はあまりない。

今となっては漆黒の騎士しかいないせいだろうけれど、そう語ったときのロードナイトの様子に、奇妙な思い入れを感じて、ウェラディアは大合唱が響く店の中で、整った顔をじっと眺めていた。


「なんにしても、剣で戦う前に文試――学科試験に通らないとなぁ……そっちの方がよほど問題だ」

呻くような声をあげて、カルセドニーが頭を抱え込む。

大合唱が終わり、普段の空気が流れ出したところで、まるで魔法が解けたかのように、店の中の時間が再び動き始めて、喧騒がよみがえってきていた。


「文試って……普段の衛士徴用試験よりも難しいんだろうか?」

「そりゃあ、難しいって評判だろう? 武官とはいえ、一応、漆黒の騎士というのは、国の高官なんだから、やっぱり馬鹿じゃまずいだろうって……もっぱらの噂だ」

噂というより、作った本人達がいっていたんだけど。


ウェラディアが城で聞き知ったことを口にすると、難しい顔をしていたロードナイトがさらに眉根を寄せて、その顔に目を惹きつけられてしまう。

ロードナイトはいつもどちらかというと冷たい表情をしているけれど、悩んでる姿は、それはそれで、絵なる風情が漂う。


月明かりの下で思い悩む青年の絵というのも、悪くないわね。

心のなかだけで、にやにやと相好を崩しながらも、カルセドニーが頭を抱えたまま、テーブルの上に額をつける姿にも、きゅんと胸が締めつけられてしまう。


秀麗でいて鋭い美貌の青年が、自分の前だけでは可愛らしく思い悩むというのも捨てがたい!

雰囲気が違い過ぎて、甲乙つけがたい二人の思い悩む様に、思わず口元が緩みそうになって、ウェラディアも人差し指で眉根を抑えながら、気難しい顔を装ってみる。


「なんにせよ、お互いの健闘を祈るしかないんじゃないか? 憧れの漆黒の騎士への第一歩だ! 成績の結果は出ないにしても、成績がよければ、文官の方へのスカウトもあるらしいぞ」

「文官かぁ……デスクワークはあまり得意じゃないんだよなぁ……やっぱり体を動かすところまでは、絶対に辿りつかないと、俺様の実力を見せつけることができないじゃないか」


「俺様の実力って……まぁ、好きにすればいい。なりたいと夢見ていられるのも今のうちだけだしな」

虚勢を張ったカルセドニーの言葉に、ロードナイトが現実的に過ぎる言葉を突きつける。


うわぁ……今のは明らかにさっくりと刺さっただろ。


ウェラディアでさえ思わず引いてしまったのだから、当然のように目の前の精悍な顔が嫌そうに歪んで絶句する。しばしの沈黙が訪れる。

食事処は、既にお昼どきの盛りを過ぎて、歌が終わったあとはなおさら、お開き感が漂ったから用事がある人たちは三々五々に席を立ち、店のなかは急に人が少なくなって来ている。おかげで、妙に沈黙が重い。


「ひそかに昨日も思っていたけど……おまえさぁ、そんなやさしい甘い顔してるのに、いうことがきついって、人からいわれないか?」

どうやら、突然切り替えされた言葉は、思いがけないものだったのだろう。

ロードナイトが勿忘草色の瞳を大きく瞠る。


まだ知り合ってほんのわずかしか一緒にいないにしても、その珍しい表情を捉えて、黒髪の青年は、お、と食い込むように表情を変えた。

淡々としているロードナイトと比べると、カルセドニーの方は、次から次へと表情が移り変わり、見ていて本当に飽きない。

それでいて、口をついて出る言葉は気遣いに溢れて、時折妙に意外なところをすっと突いてくる。


妙な男だ。

今までウェラディアのそばにはいなかったタイプ。


「……よくわかったな。何を根拠に言ったのか知らないが、確かによくいわれている」

「やっぱりな……」

カルセドニーは再び頭を抱えて、がっくりと肩を落とした。


そんな芝居がかった大仰な仕種さえさえ、愛嬌があって心を寄せたくなるのが面白い。

思わずウェラディアも、その調子に乗っかりたくなってしまう。


「確かに女にそんな物言いしたら、あっという間に振られてしまいそうだな」

自分の本当の性別を棚に上げて突っ込めば、白金色のサラサラとした髪に縁取られた端正な相貌がわずかに怯んだ。


「いわれてみれば、女からいわれることの方が多かった気がする」

「………………おまえね」

「うわぁ……」


カルセドニーとウェラディアの絶句をよそに、ロードナイトは遅い昼食の最後のひとかけらを頬張った。

 

ちょっと早めの更新。

今後、22時更新にして、

土日はもう一度くらいずつ

更新にあがりたい…かな?


【次回予告】【金曜22時更新予定】

第三章-1 難問のあとにまた難問!?

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