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2~触れ合いの動揺のあとは伝説を謳う

「うん? 鳥の香草焼きか……なかなかうまいな……今日は俺もそれにしようかな」


しれっと何事もなかったように言われてしまうと、たかが口に付いていた食べかすを手にとって食べられたと言うだけで真っ赤になるほど動揺してるウェラディアの方が馬鹿みたいだ。


でも……動けない。

真っ赤になって固まったまま、声も出ない。


なのに、ロードナイトはいつもと何も変わらない顔で店員をつかまえ、ウェラディアが頼んでいたのと同じうきうきチキンの香草焼きを注文している。


「……ロードナイト、おまえ、兄弟がいるだろ?」

「あ、ああ。妹がひとりな……よくわかったな」

「…………。まぁ、な……俺も弟がいるからな」


カルセドニーの苦笑いを含んだ突っ込みが痛い。

そうか、兄弟姉妹がいると、ああいうことは普通なのか。ふ、普通なのか。

ひとりっ子の上、親とも長くいなかったウェラディアには、いまいち感覚がつかめないけれど、特に照れるような話でもないのかもしれない。


「あ、俺も果実酒のオレンジジュース割、オレンジジュース多めでおかわり!」

動揺を押し隠すように、飲み干した杯を埋める注文を追加すると、カルセドニーも一瞬エメラルドグリーンの瞳をウェラディアの蒼い瞳と視線を絡ませて、麦酒を追加している。

こういうところは、とても聡い青年だ。

軽く頷き合うと、三人分の飲み物が揃ったところで、示し合わせたように軽く杯を掲げてみせる。


「それでは未来の漆黒の騎士を祝って」

「「乾杯ー!!」」


まるで昔からの馴染みのように、呼吸のあった乾杯に杯とを合わせて、かつんと軽い音を立てる。ロードナイトとカルセドニーは麦酒を、ウェラディアはオレンジにジュースで薄めた果実酒を一輝に咽喉に流して、たったいま味あわせられた気恥ずかしさをも飲み流した。

うん、大丈夫。ロードナイトにしてみれば普通のことなんだから、私だって、なんてことない。自分に言い聞かせて、食事を終えたウェラディアはテーブルの上で頬杖をついて、辺りに視線を走らせる。


ざわついたお昼時の食事処は、人気がある店なのだろうか。


昨日もそうだったけれど大部分の席が埋まっている。それだけでなく、連れがいるものはみな、にこやかな顔で会話に夢中になっているのが印象的だ。


こういうの、なんか楽しい。


ウェラディアには、肩を並べて話ができるような友達など、これまでいなかった。

だからだろうか。

偽りの姿でいるというのに、漆黒の騎士選考大祭に参加するという同じ目的の前に、妙な連帯感を感じてこそばゆい。こんなふうに人の輪の中にいることさえ―。

「んで、登録の方はどうだった? 何か問題おきなかったか?」

カルセドニーはにやにやと人の悪い笑顔を浮かべて、ウェラディアとロードナイトを交互に見つめ、隙あらばからかってやろうとばかりに臨戦体制だ。


「どうだったというのが、推薦状が問題なかったかという意味ならば、ちゃんと無事何も言われずに受け付けてもらえたぞ。ひとまずよかった」


「ちょっと待て。おまえら、それどういう意味だよ!? 事と次第によってはいまからだって考えさせてもらうぞ」


「言ったままの意味だ。別に疑っているわけじゃない」


「充分、疑っていたんじゃないか!?」


「まぁまぁ、こんな偶然に偶然が重なったところで、推薦状を持たないで来たのと、白紙の推薦状を持っているのが出会ったなんて、信じるにしても出来すぎているから、疑うくらいでちょうどいい。頭から信じるような奴なんて、逆に俺は信用出来ないな」


確かにそれは、一理ある。

カルセドニーの仲裁にぐ、と苦情の言葉を呑みこむ。ウェラディアは、不承不承ながら黒髪の青年の論理に説きふせられ、上目遣いに恨めしそうな目を向けた。


当の本人は、周囲の娘達の秋波もウェラディアの恨めしそうな視線もどこ吹く風といった態だ。ふっと鋭くも整った容貌に、微笑みを浮かべ、明後日の方にやわらかな視線を向けている。

思いがけずさわやかな仕種に、まるで涼風が吹き抜けたようだった。

絵になる横顔を見せつけられて、ウェラディアは期せず胸がときめいてしまう。


何、何なの、その顔……。

ちょっとやめてよ。誰かちょっと絵師呼んできて――!


できるなら、この瞬間をミニアチュール――小さな肖像画にして、部屋にでも飾りたい。

ウェラディアの心に吹き荒れるときめきなど知る由もなく、黒髪の青年は食事処のざわめきに怜悧な眼差しを細めている。


「何にせよ、こういうのは大歓迎だな。戦争と違って気楽だし、うまく勝ち抜ければ出世できる。王都の商人連中も儲けて喜んでるし……こんな祭りならできれば毎年やって欲しいくらいだ」


「カル、何を言ってるのよ。毎年なんてやってたら、ありがたみがないじゃない!」

想い入れた風の言葉を遮って唐突に叫び声が飛んできた。

振り向くと、どうやら店のものらしい娘が、通りがかりに会話を耳に挟んだようで、腰に手を当て、小柄な体で腰に手を当て、ふんぞり返って睨みつけてくる。


“カル”と愛称らしい名前を呼んだところをみると、王都に詳しい黒髪の青年とは知り合いなのかもしれない。

「ありがたみって……おいおい、なんだよ、それ。儀式じゃないんだし、別にいいじゃねぇか」

カルセドニーは、整った顔に苦笑いを浮かべ、娘の感情を傷つけないようにだろうか。やんわりとした反論を口にする。


「よくないわよ。なんといっても“漆黒の騎士”さまを選ぶんだから、十数年に一度で十分に決まってるわ!」


熱に浮かされるような調子に、あたりからの賛同の声が上がる。


"漆黒の騎士"さまか――。

その崇拝が入り交じった熱狂を、どこか冷めた心地で眺めながら、ウェラディアはひそかにため息を吐き出した。


どこか浮わついた空気は、いま王都全体を包んでいる。


街中を歩けば、丘に続く入り組んだ迷路の中に、坂や階段、トンネルが点在する合間に、風にはためく旗が翻る。


真白と漆黒の剣が交わるマナハルト王家の紋章旗。


下に掲げられるフェイス――信念を顕す文言といくつかの意匠が違ったものは、マナハルトの国旗とされて、記念の行事が開かれる際には王都中に掲げられるのが慣わしだ。

祭りを祝うために、数多街中に掲げられた紋章旗は、漆黒の騎士に対する畏敬と思い入れを示して、甚だしい。


自分たちを守ってくれる王と二振りの剣。


漆黒の騎士というのは、王都に住む者にとっては、それだけ特別な存在なのかもしれない。王に対する思慕とはまた別に、“現在(いま)”にもいながら“伝説(かこ)”とも重なって、現在その地位にいるタムオッドにしても、一人の人間でもありながら、過去の数多の漆黒の騎士の化身を体現する。


「つまり現在に具現化された伝説というわけだな」

「河を越えて騎馬がくる……って奴かぁ?」


現在に具現化された伝説――その言葉に、ウェラディアの鼓動が跳ねる。

どうやら同じようなことを考えていたらしい。

「“伝説”の漆黒の騎士か……」

ウェラディアが囁くように吐き出した呟きこそ、このざわめきの中でよく聞こえたものだ。店の娘は、意を得たりとばかりに満面に微笑んだ。


「そりゃあ、もう!」

大きく見開いた瞳がさらに熱を帯び、唐突に娘は旋律を口ずさみ始めた。


「河を越えて騎馬がくる。城壁を越えて迫りくる。王国は分かたれ、深く傷ついて静まりかえる。危機が迫るその時に……」

「やってくるものがある!」

驚いたことに、食事処のどこかから、娘の旋律に応じるように声がかかる。

「敵陣を駆け抜ける、黒い矢!」

「突き刺さる!」

「引き裂いた!」

声に声が呼応して、素朴でいて韻律の心地よい歌があっという間に見知らぬ人々の間に広がる。


「それは誰?」

「それは漆黒の騎士。我らが護り、我らが誇り」

「大地をかけてゆかば、蹄の跡には水が湧き、花が咲く」

「どんな困難も退ける。王を支える礎えが一つ」

「それは漆黒の騎士。我らが護り、我らが誇り!」


しまいには、問いかけに応歌が答えて店中で大合唱になった。


す、すごい――こんなことは王都に何度来ていても初めてだ。


ウェラディアは、仲間に入ることも出来ずにただ茫然と、掛け合いの声がかかるたびに右に左にと蒼い瞳を向けるのが精一杯。


店を見渡してみても、誰も彼も首を傾げるでもなく、当たり前のように頬を紅潮させて大声で歌っている。大きく口を開いたその顔は皆、誇りと喜びに溢れて、ひどく楽しそうだ。


これだ。

王都での漆黒の騎士の存在感。


ウェラディアは半ば圧倒されながらも、初めて目の当たりにする国民の漆黒の騎士への支持に――その強い思い入れに、期せず胸が熱くなっていた。


ふと隣に目を向ければ、ロードナイトはウェラディアと同じように、いつもの冷淡な皮肉さを潜めさせて、毒気が抜かれたような顔をしていたけれど、カルセドニーの方は、珍しくも少し儚いような薄笑みを浮かべて、何か遠いものを懐かしむような顔をしている。


何故そんな顔をしているのだろう。


不思議に思って、ウェラディアがその蒼穹の瞳をじっと向けていると、黒髪の青年と目が合い、意外なことに、カルセドニーは娘に気付かれないように肩をすくめて寄越した。


どういう――意味だろう。

 

毎日22時更新 に変更です(*u_u*)ペコ

【次回予告】

第二章-3 お伽噺はもう歌わない

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