1~昼食はどきどきの戯れに彩られ!?
古い奥城の半地下。
巨大な回廊の上方に開かれた窓から、朝の真っ白な光が歌うように紗を重ね、射し込む光景は何度見ても美しい。
その荘厳な光のカーテンをかいくぐって歩きながら、年経りてすり減った床は、いったい過去に何人の王が通いつめたせいだろうかと、ウェラディアはぼんやりと考える。
過去の王達の肖像画が連なる薄暗い回廊は、考え事をするのには絶好の場所だからだ。
淀んだ黴臭い空気は、このところウェラディアが、何度も足を運んだせいで、幾分薄まって来たけれど、ほとんど訪れるものない場所は、ひっそりとして、いまだに時間が止まったような気配がとどまっていた。
王城に戻ってすぐ、ウェラディアは自分の――デュライ・ヴァーレルと名前の入った推薦状を蝋燭の炎で焼き捨ててて、予備の推薦状にロードナイトの名前を書き込んだ。
王都までやってきて、もしもっと見込みのある誰かを推薦する機会に恵まれたなら――。
心の奥底で夢想していた都合のいい展開が、本当にやってくるとはまったく期待してなかった。けれども、みそっかす姫などと揶揄されているにもかかわらず、ウェラディアは周囲が思ってる以上に用意周到なところを持ち合わせている。
いくつかの事態を予想して、自分にとって都合のいい展開、都合の悪い展開、そのどの場面でもいちばんいい手を打つべく、想定して用意しておくぐらいの分別持っていたから、あわよくばと夢見た事態でも、念のための保険をかけて、祖母から自分を推薦する推薦状を余分にもらってきていた。
我ながら賢い。
半ば有頂天になりながら、過去の自分を褒めてやる。
ロードナイトを推薦するのは、ウェラディアが夢見たなかでも最も都合がいい展開に近い。
本当に使う機会があるとは思っていなかったのだけれど、最悪の事態を考えながらも、最良の事態も想定して用意していた先見の明が報われたといっていい。
もし青年が早くに脱落してしまっても、ウェラディアの直接の庇護者である祖母の推薦状で参加した自分が、ある程度上位に残ればそれはそのまま、ウェラディアへの評価につながるに違いない。
そう踏んだ上での賭けだと、自分で自分を納得させてもなお、大丈夫だろうかと、振り子のように心は揺れる。緊張のあまり、体の奧から震えあがり、自分で自分の身を抱きしめてしまう。
「賢王……私は……私が女王になることを夢見てもいいんでしょうか……父上はそれを喜んでくれるんでしょうか……」
肖像画の額縁の凹凸をなぞるように触れながら呟いても、高い天井を持つ広い空間のなかで問いかけの言葉は、あっという間に虚空に霧散する。
見つめても見つめても、絵のなかの遠いご先祖は、答えもないまま、いつものように曖昧に微笑み続けるだけだった。
「これ。例の約束のものだから、あとはよろしく。それとうすうす感づいているかもしれないが、推薦者の詮索はしないように!」
朝早く、出会ってそうそうに封蝋で留めた封筒をロードナイトに押しつけると、ウェラディアは返事も待たずに、傍らにいたカルセドニーを引っ張って王都の街まで先に降りてしまった。
「おい、今日の列はそんなに長くなかったんだから、別に登録が終わるまで待っていてもよかったんじゃないか?」
昨日もやってきた食事処の一角に陣取って、ウェラディアは答えないまま、注文でやってきたうきうきチキンの香草焼きに脇目も振らずにかぶりつく。
だって、どんな顔をして待っていればいいか、わからなかったんだもの。
ロードナイトにすごく期待してるのかどうか、正直自分でも、よくわからない。
勝って欲しいし、できるならば漆黒の騎士になって欲しいけれど、ただの偶然にそんなことまで期待するのは、何か間違ってるような気もしてしまう。
ウェラディアはテーブルの上で頬杖をついたまま、向かいの席に座るカルセドニーの眉目秀麗な顔を盗み見た。
本当に、いやになってしまう。
大仰にため息をついて、自分の呆れかえりたくなる性癖に目を閉じる。
わかっている。本当にわかっているんだから。
ロードナイトもカルセドニーも、この間集まっていた参加者からすると、抜きんでて顔が良い。
はっきり言って格好よすぎる。
さっきから、食事処のほかの席に座る娘たちが、頬を赤らめて、しきりにこちらに秋波を送ってくるのにもウェラディアは気づいていた。これでもし、ロードナイトが現れたら、その視線の熱がさらに高まるだろうことは、ウェラディアにだって容易に想像ができる。
というか、自分だったら間違いなくそうするだろう。
つまり、ロードナイトに勝って欲しいという気持ちには、自分の面目のためもあるけれど、その見目の良さによる補正めいた思惑が入り交じってないとは言えない。
カルセドニーにしたってそう。
こんなふうに知り合いになった青年が、もし漆黒の騎士になってくれたなら……。
妄想するだけでも心強い気がするけれど、そう考えてしまうことさえ、この顔の良い青年が自分の騎士になってくれたら素敵! という、邪な思いがないとは、絶対に言い切れない。
「最悪だ……本当にもう……」
頭を抱えて、テーブルに突っ伏してしまいたかった。
そんなウェラディアの心情を知る由もなく、カルセドニーは気安い声をかけてくる。
「なんだお前、頭でも痛いのか? 具合が悪いんだったら、宿まで送ってやろうか?」
ふわりと頭を撫でられる感触に、テーブルに俯せたままの顔がかぁっと真っ赤に染まる。
ちょっと、なにして……。
「わぁ、おまえずいぶん猫っ毛だなぁ……こんなやわらかい髪、触ったことないぞ」
気恥ずかしさもあるけれど、大きなやさしい手にくしゃくしゃと髪を掻き混ぜられるのは、ひどく気持ちがいい。時々感じるけれど、カルセドニーは変に女の子の扱いが上手い。
というかこの場合、ウェラディアは少年だと思われてるだろうから、もしかしたら、年下の扱いが上手いのかもしれない。
このまま寝てしまいそう――。
そんな陶然とした心地に流されそうになっていると、呆れた声が幻想を引き裂く。
「おまえら……こんな公共の場で、何やってるんだ?」
低い声は、目を覚まさせるのに十分な冷たさを帯びていた。
大きな手の動きが止まったところで、どんな顔をして起き上がればいいのか、一瞬見失ってしまう。
いや別に、つきあってて頭を撫でられていたわけでもないし、普通でいいのよ。
普通で。
鉄壁の理性を呼び覚まして、笑顔を貼り付けた顔でがばりと起き上がる。
「やぁ、ロードナイト。ご苦労さん。先に食事頂いて……」
我ながら、完璧な普通さだ。
自己満足に満ちた鉄壁の理性は、けれども、不意に伸びてきた大きな骨張った手に、あっという間に乱されてしまう。
口の端に触れて、軽く拭われた。かと思うと、白い何かをぱくりと毒を吐く口元に運ばれた。
「食べかすがついてたぞ。そのままで街を歩いたら、漆黒の騎士を目指そうという従騎士が、いい笑いものだろう」
「あ、あ……おまえ……何して……」
真っ赤になって、ぱくぱくと苦しそうな魚のように口を開閉してしまう。
何を考えてるのよー!!
毎日22時更新 に変更です(*u_u*)ペコ
【次回予告】
第二章-2 触れ合いの動揺のあとは伝説を謳う
すみませんー古いところも
時々誤字や改行直してます(´Д`ι)