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3~推薦状の条件

   †    †    †


「あー美味しい……王都のレバーケーゼの熱々ソースがけはやっぱり絶品だなぁ……」

湯気が立ちのぼる皿に、無言でとりくんでいたウェラディアは、ふんわり焼きあがったパンと共に、ひとしきりレバーケーゼをお腹に流し込んだところでようやく、一息ついた。


「おまえ、小柄なわりによく食べるなぁ。それに引き替え……おまえの方は腹が空いてないのか?」

カルセドニーの言葉に、斜め左に座る白金色した髪の青年に目を向ければ、とろっとろのホタテと野菜の煮込みスープにスプーンをつけたまま、何事か考え込んでいる様子で固まっている。


「どうかしたのか?」

思わず心配になって顔を覗き込めば、端正な顔がはっと弾かれたように顔を上げた。


「ああ、いや……ちょっと登録のことで気になったことがあったものだから……」

「登録のこと? 何か変わったこと書いてあったかな……というか、おまえ、名前はなんて言うんだ?」

さっきウェラディアが尋ねたときには、結局青年は、答えてくれなかった。だというのに。


「ロードナイト……ロードナイト・ハーレニアだ。おまえは……カルセドニーとか、呼ばれていたか?」

「ああ、カルセドニー・ランスフォート・アルトベルガーだ。よろしくな」


ロードナイトと名乗った白皙の貴公子は意外なことに、端的な名前から察するに庶民のようだった。

反対に、黒髪の色男――カルセドニーの方は、王都に詳しいわけでもないウェラディアでも、その姓に聞き覚えがある。

有力貴族とまではいかないけれど、おそらくは、王都でも古参の中流貴族に違いない。


「それで、おまえは……見たところ、従騎士か?」

「あ、ああ……デュライ・ヴァーレルだ。今はまだ騎士見習いをやってる」

もちろん嘘だけれど、体格からも剣術の腕からも、剣士と名乗るには無理があるのはわかっている。


だから、剣士や騎士となる前に、先輩騎士について身の回りの世話をしながら、その所作と腕を学ぶ身分――従騎士だと答えるのは、初めから予定していたやりとりだった。


「デュライ? ……伝説の賢王と同じ名前なんて……珍しい名前だな」

勿忘草色の瞳を瞠って言われた言葉は、どこかしら、お伽噺に使われるような名前は、偽名なのではないか。

そんな疑いをはらんでいるようにウェラディアの耳に響いた。


もちろんそれは、嘘をついている疚しさのせいかもしれないけれど、一瞬、心臓の鼓動が跳ねて、ひやりと汗が滲む。


「珍しいか? 王都では、いまでもたまにいるぞ。なんといっても、賢王デュライは王都クルムバートレインでは、人気が高い王様だからな。なぁ?」

たたみかけるようにカルセドニーが言葉を挟んできて、慌てて頷いてみせるけれど、もしかして、かばわれたのだろうか。そう思うことさえ、再びいやな汗が吹きでてしまう。


「あ、ああ。そうだな」

王都では一般民衆の間でどのぐらいデュライという名前が使われているのか、実のところ、ウェラディアにはわからない。それでも、ロードナイトと名乗った青年の、プラチナブロンドに勿忘草色の凜とした佇まいの瞳の特徴から察するに、マナハルト北方の出身なのだろう。

王都に住んでいるというカルセドニーの言葉に、心ならず、説きふせられた気配が感じられる。

「それで、ロードナイト……と呼んでいいか? おまえさんの方は何をそんな物思いに耽ってるんだ? 折角のスープが冷めちまうぞ」

ウェラディアとロードナイトに問いかける合間にも、カルセドニーの手は忙しく動いて、まるまる太ったチキンの野菜ソースがけは見る間に皿の上から消えていいく。


「ああ……推薦状……推薦状が必要だって、書いてあったものだから……どうしたものかと思って」


「は? そりゃあ、最初の公布からそう書いてあったじゃないか……もしかして、知らないで王都に来たのか?」


「……そういうことになるな」


スプーンを手にしたまま、再び、物思いに沈んだ憂える相貌に、ウェラディアは目を惹かれると共に、頭の中で、また、見慣れた紋章旗がはためく気配を感じた。


これはなんだろう――何かの兆しを感じて、心臓の鼓動がうるさく喚きたてる。


「おい……今日の前哨戦で一定のレベルにあると認められたものは明日までに申し込みをしないと、登録が認められないって書いてなかったか? おいおい、ちょっと待て。なんでまたそんな……おまえの村ではきちんとした公布が為されなかったのか? それって下手したら王への反逆罪に問われるぞ」

どこか慌てた風のカルセドニーとは対照的に、ロードナイトは俯きがちに沈黙を続ける。


これは、天啓かもしれない。


さっきの戦闘で素早く二回打ち込んだときの技は、まぐれでできるようなことじゃない――おそらくこの青年は剣に関しては、かなりの手練れで間違いないだろう。

もちろん、剣術だけが評価基準ではないけれど――。


ウェラディアが凝視する静謐な相貌の中で、物思いするように白金色した睫毛が勿忘草色の瞳に俯せられる。


その顔を見て、ウェラディアは心を決めた。


「推薦状を用意してやってもいいぞ」


思わずそんな言葉が、口から零れていた。

俯いていた端正な顔の中で、勿忘草色の瞳が、何を言ってるんだと言わんばかりに大きく瞠られる。


「もちろん条件がある」

「おいおい、従騎士の坊ちゃんさぁ……人を騙そうっていうんなら、もう少し上手な嘘をついた方がいいぞ。推薦状なんてそう簡単に……」

窘めようなカルセドニーに、ウェラディアは厭そうに目を細める。

「嘘ってことにしてもいいが……よく見て考えてみたらどうだ?」

蒼穹の瞳を半眼に眇めて、腰に下げていた小物入れから、もったいつけるように小さく丸めた紙を取り出してみせる。

留めてあった結び紐を解いて、ロードナイトとカルセドニーの目の前に広げて示す。


「王が発行した正式な推薦状だ。ここに推薦者の名前と出場する人の名前を書いて、王が指定した方式で封をすれば、推薦状のできあがりってわけだ」


「これは――本物なのか?」


「当たり前だろう。大体、推薦状は提出したときに、王が指定した推薦者の名前と照合されるって決まってるんだから、適当になんて書けるわけがないんだぞ」


「へぇー……そういうものなのか。俺もそれ初めて聞いたわ。あ、続けて続けて」

カルセドニーは腕を組んで、妙に感心した様子でウェラディアに――従騎士の姿をしたデュライに先を促した。

「推薦状はその権利を持つ者でも、一人につき一枚しか書くことが出来ないとされてる。いま王都にいる人間で、その権利を行使せずに持ってる者が、そうそういるとは思えないが――どうする?」


漆黒の騎士選考大祭が始まるまで、後四日。


明日には参加者の登録が締め切られてしまう。

周辺に、白紙の推薦状を持つ者がいたとしても、探してもらいに行き、また戻って来るなんてことさえ難しいだろう。

ロードナイトは白金色した睫毛を美しい勿忘草色の瞳に俯せる。


「確かにおまえのいう通りだとは思うが……条件とはなんだ?」

ウェラディアは、レバーケーゼを切り分けるナイフを右手に弄び、やはり考え込むようにゆっくりと言葉を吐き出した。


「……おまえ、強いか? さっきのキディンとかいう男と打ち合っているところは、たいそうな腕前に見えた。二回素早く大剣の包みを打ち込んだのなんかは見事な技だったけれど……。それ以上に……優勝できるほど、強いか?」


その問いかけは、思いがけないものだったのだろう。


慎重に、物音を測るような冷静さを帯びた瞳が、純粋な驚きに染まり変わる。

「不思議なことを聞くんだな……。強いか強くないかというのは、相対的なものだ。さっきの男だったら勝てるかもしれない。もっと強い相手だったら負けるかもしれない。実際に相手も見ていないのに他の挑戦者たちすべてに勝てるかどうか、ここではっきりと断言することは俺には出来ない。それでも……」


「それでも?」

ウェラディアはじっと推し量るようにロードナイトを見つめていた。

青年の答えの半分は、ウェラディアにとっても不思議な答えに感じてしまう。

ロードナイトは推薦状をずいぶん欲しがってるようだったから、言葉の上だけでも、一も二もなく優勝すると答えると思ったのに、まるでマナハルトで最も信者の多いアクア・ヤライの教え――水の流れの教えに諭されたように、意味があるのかないのわからない問答に、はぐらかされたような心地さえしてくる。


天啓かもしれない――そんな閃きを感じてもなお、今日会ったばかりの、見知らぬ青年に、自分の名前で推薦状を書くことに、躊躇いが全くないとはいえない。


これは賭けだ。


ひととき目を閉じれば、目蓋の奥に真白と漆黒の剣剣が交わる紋章旗が翻る。


自分の中の強い想いを噛みしめる。それに負けず劣らず、強い願いのために多くの剣士たちが集まっているに違いないにせよ、王女として、その強い願いを引き受けるためにも、生半可な成績で終わるわけにはいかない。


この青年が、ものになって、先に進めばそれでよし。


もし駄目な場合は――。

 

しばらくは毎日更新の予定です。

【毎日22時更新】


【次回予告】

第一章-4 求む! みそっかす姫の名誉

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