【短編】 秘密の図書館-3
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「では、最近の王の分は簡単に棚に表記してきましょうか。革に年代を打刻して、本の間に挟んでおけば、あとから見たときに一目でその棚の年代がわかりますから」
「なるほど。そう言われてみればそうね……なんでこれまで誰も考えつかなかったのかしら」
ウェラディアは感心しながら、ロードナイトが運んできた革の鞄の中から、打刻用の機械となめした革の束を机の上に並べていく。
「そうですね……図書館の分類方法としてはちょっと邪道ですよね。本屋でやっているところを見かけたことがありまして、ここはさまざまな種類の本がある図書館とは違い、手記しかありませんからね。年代が書いてあるほうが親切じゃないかと思いまして」
「なるほど」
うなずきつつも苦笑してしまう。
この場所に一度訪れてから、荷物を準備したわけじゃない。父王から話を聞いたウェラディアがロードナイトに簡単に説明しただけなのに、まるでこの秘密の図書館のありさまを知っているかのように、必要なものを手配していた。
この一を聞いて十を知る騎士を前に、自分はなんてなにもできないのだろうと考えるのは、無駄だと割り切っている。
むしろ、偶然に出会いにこそ感謝すべきなのだろう。彼の能力を、自分はただ使えばいいのだから。
「表紙裏にはどの方も年代を書いてくれていますから、言うほど大変な手間じゃないと思いますよ?」
そうくだんの騎士に、にっこり笑われると、むっとさせられるのも事実なのだが。
手記といえば聞こえはいいが、要するに王の日記なのだ。
所蔵されている秘密の図書館が雑然としているだけではなく、手記の内容のほうも、とりとめがない。
一般に出版されているもののように、きちんとまとめられているわけではないし、それこそ毎日まめに書いていた王もいるらしい。早くに亡くなってしまった王なんかは当然のように少ないわけで、ウェラディアが手記を読みたがっている賢王デュライなんかもその類だった。
三十二歳の若さで早世した王は時代が古いというだけではなく、手記の数自体が少ないはずなのだ。
「建国王の手記もあるはずだとおっしゃってましたが……本当でしょうか」
ロードナイトは、ひとまず手前にあった、ウェラディアの祖父の手記が収められている棚にラベルを作るように促した。
打刻用の機械は、ダイヤルで数字を変更できるようになっており、位置を合わせて革をセットし、体重をかけて押しこめると、組み合わせた数字が印字されるとともに凹む仕組みだ。大がかりなものではないが、くっきりとデザインされた数字が打ちされるから、遠くからでも見やすいのは事実だ。
ウェラディアがひとつ打刻された革のラベルを作りロードナイトに手渡すと、ロードナイトは打刻されたインクが十分に乾いたのを確認してから、本が痛まないように注意しながら、目的の場所に挟みこんだ。
「お父さまの話では、あるということだったわね。見たことはないそうだけども……そもそもこの城は建国王が建てたのだし、この図書館のあるあたりは、古い棟なのじゃないかしら?」
ウェラディアは考え考え、言葉を口にした。
マナハルト王都クルムバートレインの王城の歴史はマナハルト王国の歴史そのものだ。
一領地にすぎなかったマナハルトの領主が、近隣の領地を平定し、大きくなっていく過程で、この王城が築かれた。
それで初代マナハルト国王には建国王という諡が付けられている。
北方の二領が最後に領地に下ったときがマナハルト王国元年とされているけれど、城そのものはそれ以前に築城が始まっていたのだという。だから、この城にはマナハルトが国になると宣言したときからの資料が揃っており、一時期、遷都されていたこともあったけれど、そのおかげで逆に戦火を免れ、城が落ちれば失われやすい本の類がほぼ完璧な形で残っている。
クルムバートレインの王城は、一度も敵の手に落ちたことがないからだ。
「なるほど……築城の資料が残ってるのであれば、ぜひ見てみたいところですが……すみません、825から850でお願いします」
書棚の本をとって中身をパラパラと確認し、羊皮紙にメモ取りながらウェラディアに打刻の指示を出す。指示を受けたウェラディアは、『825~850』と機械のダイヤルを合せながら、雑談に答える。
「ロードナイトは、城作りに興味があるの?」
少しばかり意外そうな声になってしまったのは、多分、ウェラディアが知る建築家の雰囲気とロードナイトのイメージがかけ離れていたせいだろう。
城や街づくりをする建築家というのはマナハルトにもいる。自分の思想や考えを周囲に説明し、王や領主に出資を募るためか、自己主張が強い人物が多かった。たとえば、「作業しやすい街」とか「新しい形の商業都市を」とか、作りたい街のコンセプトを聞くと、とても興味深いのだが、少し興味をみせるだけで、あまりにも強く『自分の考える街は素晴らしいのだ』と主張され、辟易としてしまったことがある。その設定内容の良さ以前に、作りたいと強く主張されればされるほど、逆にうさんくさく思えてしまうのが、たまにキズだった。
もっとも、現在のマナハルトでは築城は滅多にされないし、街づくりだってそうそうある話ではないから、主張が激しくなってしまうのは当然なのかもしれない。それを考慮しても、ロードナイトの控えめな佇まいとはあまりにもかけ離れたタイプだったのだ。ウェラディアが知る建築家というのは。
「そうですね……興味がないと言えば嘘になりますね。でも、建国王の遺された手記なら、歴史を学ぶものにとっては誰だって見たいと思うじゃないですかね?」
――あいかわらず、隙がないんだから。
ロードナイトの答えに半ば呆れ、半ば感心しながら、ウェラディアはため息をついた。
男装しているときに知り合った従騎士デュライとしても、王女ウェラディアとしても、ロードナイトの素性はわからない。
詮索しないという約束になってはいるのだけれど、ウェラディアはカルセドニーとふたりでひっそりとロードナイトの氏素性が何なのか想像していた。
いまのところ、どこかの貴族の息子の線を抑えて、大商人の息子というのが有力な候補だ。
商人でも、大商人と言われるほどの一族となると、あまり押しつけがましい商品の売り方をしない。しかもお金を持っているから、子どもに知識を蓄えさせたいなら、家庭教師を雇う余裕がある。あまり豊かではない土地の貴族なんかより、大商人と呼ばれるもののほうがよほど余裕がある生活をしているのが、いまのマナハルトの現状だった。
他国の王族や貴族ではないかという疑いはいまだにあったが、ウェラディア自身は、その可能性は少ないと感じていた。ただの勘にすぎないのだけれど。
――他国のひとがこんなにマナハルトの歴史に詳しかったら、それはそれで感心するわ……。
近隣に、マナハルト王国よりも長く続いている国はなく、準じて長いのは古代ヒリスト王国の流れを汲む隣国プルケ皇国だ。
マナハルト王国とも親しいから、プルケ皇国のものならマナハルトに詳しい可能性はある。
――ロードナイトの髪の白金色は、プルケ皇国でもよくある色なのよね。
王都のあたりでは茶色の髪が多いが、マナハルトでも北方にに行くと、様子が異なる。
この詮索の同士でもあるカルセドニーからは、「あまりにも探ろうとしすぎて、ロードナイトに警戒されないように!」と常に言われているけれど、ウェラディアはこの秘密の図書館の整理の間に、もう少しだけ、様子をうかがってみることに決めていた。
「ロードナイトは、もし誰かひとりというなら、どの王の手記がいちばん読んでみたい?」
何気ないふりを装って聞くと、あっさりと答えが返ってきた。
「どの……というより、やはり古代の王の手記は興味がありますね。マナハルトにふたりの紋章騎士が揃っていて、建国王が魔法を使っていたのではないかといわれていた時代――建国王が手にしていた力は、本当に魔法なのか、それとも別な智慧なのか、ウェラディアさまは興味ありませんか」
とうとうと夢見るように言われると、それが心からの言葉だと信じたくなってしまう。
「それはもちろん……興味はあるんだけど……」
――なんだか、質問に質問を返されてごまかされてしまったような……?
どこかはぐらかされたような心地になって、ウェラディアは打刻したばかりの革を差し出して、ため息を吐く。
そんなふうにして、ロードナイトの鼻を明かすことも、その正体の一端を掴むこともできないまま、秘密の図書館での一日目は棚の整理をわずかに進めただけで終わったのだった。
† † †
二日目。
ウェラディアはやはりこれはドレス姿では埒があかないと思い、奥の手でもある従騎士デュライの格好になってみることにした。
王女の姿で出かけられないところならともかく、城のなかなのだから、できれば男装したくはなかったのだけれど、ドレス姿では高いところの本が気になっても自由に本がとれない。
ロードナイトに頼めばいいのだが、それもなんだかもどかしくて、つい気楽な格好で来てみたくなってしまったのだった。
「……デュライですか。ウェラディアさまはほかにご用事ができたのですか?」
秘密の図書館のなかに、先に来ていた従騎士デュライ――ウェラディアの仮の姿を見つけて、ロードナイトは軽く驚きの声をあげた。
「うん、ここの片づけをやって置いて欲しいとウェラディアさまに命じられてね」
ロードナイトは軍の訓練に参加したから来ると知っていたからこそ、王女の不在を装うことができたのだ。
なにせ、ロードナイトとカルセドニーはウェラディアが王になったとき、配下になることが決まっている。
いまは父王や先の漆黒の騎士と行動をともにすることが多いけれど、次第にウェラディアの行動を把握することが多くなり、予定をごまかして従騎士デュライになるということが難しくなっていたせいなのだった。
――そろそろ、本当のことを言うべきなのだろうけど……。
ウェラディアは、別に言わないままでもいいのではないかと思うようになっていた。
デュライは王都を去って故郷で暮らしている。
そうしてしまえば、わざわざ真実を告げる必要はない。
――遠くに離れてしまったもの同士がが日が経つうちにに縁遠くなり、二度と会わないなんてよくある話だもの。
馬車や馬を使って移動するのは時間がかかる。いくら平和が続いてマナハルト王国といえども、商人でもないかぎり、遠くまでわざわざ旅をするものはそう多くはない。ましてや、城勤めのロードナイトは忙しい身だ。
いなくなってしまえば、従騎士デュライの存在そのものを忘れさせるのはその難しいことではないだろう。
そう思うのに、いまだにウェラディアは、デュライになることを止められないでいた。
夜21時にもう一話投稿します




