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【短編】 秘密の図書館-2

短編続き。

書庫整理を名目にロードナイトの鼻を明かしたいウェラディアだけれど……。

「考えておくわ……ひとまず、高窓を開けましょう。風を入れたいわ」


細長い棒を使って、高窓を開けば、今日は朝から晴天だ。明るい光がなかに射し込んでくる。

薄暗い場所に風と光が入ってきたことで、ほんの少し気持ちが明るくなったウェラディアは、今度はロードナイトに目だけで合図した。すると、ロードナイトは手にしてきた鞄を開け、なかから水色の布を出す。


「じゃあ、作業を始めましょうか」


「ええ。さすがにここまでとは思わなかったけど……最後に、お父さまが入ってからずいぶん経っているようね」


滅多に人が来ないこの場所が埃にまみれていることは予想していたから、服や持ち物が汚れないように、考えてきた。

大きな布をふたりで端を持ってふわりと広げるだけでも、埃が舞い上がるけれど、薄水色の布が覆い隠してくれる。ありがたい。

椅子にももちろんカバーをかける。対症療法にすぎないが、ひとまず埃にまみれずに作業できるだけで十分だろう。


「陛下もその漆黒の騎士タムオッドも忙しいですから……しかし、思っていた以上になかは広いですね。このなかから目的のものを見つけるのは大変そうだ」


「目的のもの……そうね……」


ロードナイトが顔をあげたのにつられるようにして、ウェラディアもあまり人が入らない場所を見渡した。

王城の地下にある図書館から、さらに地下へと階段を降りてもなお光を入れられる半地下なのは、王都クルムバートレインを見下ろすマナハルト王城が、崖の上の傾斜地に建っているからだ。


その射し込んだ光に浮かび上がる天井が高い空間には、壁一面に作りつけられた書棚には不揃いな本が無数に並んでいる。

いくつかは装幀がされていないからだろう。本を革の鞄に入れて収めてあった。


この場所にある本は表の図書館に並べられているような、金で文字を装飾された革表紙の本を見慣れたあとでは、ずいぶんとみすぼらしい。けれども、その中身の価値は決して豪華な装幀の本に劣るものではないと思うと、ウェラディアの口元はつい緩んでしまうのだった。


「賢王デュライの手記が見つからなくても……仕方ないというものでしょう。そもそもここに人を入れるわけにいけない以上、整理する人手が圧倒的に足りないのだもの」


そう言ってウェラディアは深いため息をついた。

手にしたのは、女性の手による文字だ。誰か、かつての王の真白の騎士――ディアナイトのものだろうか。

過去に、真白の騎士は女性がなることが多かったから。


「この場所は、千年王国の秘密を所蔵した秘密の図書館……その一端を垣間見れるだけでも、よしとしなければ」


ウェラディアは手にした本、というよりは羊皮紙の束を革の鞄に入れて、書棚のなかに戻した。


マナハルト王家には、いくつかの決まりごとがある。

自分の配下となる騎士を選ばなければいけないこと。

後継ぎとなったさいには、クルムバートレインの千年王城に眠る秘密の図書館の書庫整理すること。


ウェラディアはその手伝いにロードナイトを選んで連れてきたのだった。

この秘密の図書館にあるのは、千年もの長いときを存えてきたマナハルト王国の秘密。

かつての王とその直属の配下であるふたりの紋章騎士が綴ってきた日記が収められているのだ。


「後継ぎだけがこの部屋で作業できるなんていうぐらいでは、ちっとも片付かないから、ひいお祖父さまの代からは後継ぎが認めたものを手伝いとして連れて入ってもよいことになったそうだけど……」


「焼け石に水という気がしますが……」


図書カードが収められた棚をいくつか開いたロードナイトは、、ため息混じりに呟いた。

おそらく、整理をしようと思った王がいて、表の図書館にあるように、分類してカードを収めようと試みたらしいが、頓挫したらしい。


「それを言わないで……」


整理することが仕事と言っても、王家の後継ぎというからには、もちろんほかの仕事もあるし、整理されてない手記なんて、どこに価値のある言葉が書いてあるかわからないのだ。


長く生きて天寿を全うした王に、若くして亡くなった王。戦乱に国土を失った王やその復権を果たした王。

その配下のふたりの紋章騎士の分も合わせると、どれだけの数があるのか。


特定の王の手記を読みたいと思っても、それがどこにあるのか。短い時間で探すのははっきり言って不可能に近い。

そう思いながらも、ウェラディアはこのどこかにマナハルト三代国王である賢王デュライの手記もあるのだと思うと、自然と顔がほころんでしまうのだった。


偉大なる過去の王から名前の一部をいただいたせいで、男装しているときにうっかり変名に使ってしまったくらいには親しみを感じている王がいったいどんな言葉を残しているのか。ほんの少し想像するだけで、胸がときめくのだった。


「ねぇ、ロード。どう思う? 何から手をつけようかしら……いまにも壊れそうな手記の写本を作る? それともまず分類から始める? ロードナイトの智慧で、どうにか賢王デュライの手記を見つけられないかしら?」


ウェラディアは挑戦的な笑みを浮かべながら、頭脳明晰で知られるおのれの配下を振り向いた。

不可能な命令だということは百も承知だ。


即座に断ったところで恨みに思うことでもないし、ウェラディアとしてはロードナイトにもできないことがあるのだとほんの少しだけ溜飲を下げられる。

逆にもし本当に賢王デュライの手記を見つけてくれたら、またしてもロードナイトの凄さに平伏させられるにしても、感心するしかない。もっとも気になる賢王デュライの手記を本当に見つけてくれたのなら、ロードナイトの鼻を明かそうというこのささやかな仕返しが失敗したとしても本望だ。


父王から最初に説明されたときには、書庫整理なんてなにかの罰ではないかと思ったウェラディアだが、マナハルト王国の千年の秘密が詰まったこの謎めいた図書館は、歴史に詳しいロードナイトへの意趣返しには最適の場所ではないかと期待していた。


――まずはお手並み拝見といきましょうか。


「そうですね……本当に賢王デュライの手記があるのなら、確かに私としても興味はありますが……」


千年王国のマナハルト三代国王は、はるか昔の人物だ。

整理されていない場所であるかどうかもわからないものを探したところで、徒労に終わるかもしれない。


「まずは目的の本がすぐに探せるように整理したほうがいいのではないでしょうか……陛下からは手記の写しを作るように言われたそうですが、欲しいときに欲しい手記を探し出せるほうが有益だと思います」


淡々といつものように話しているようで、言葉の端々にロードナイトもこの秘密の図書館に興奮しているのがわかる。

ウェラディアは主導権をロードナイトに譲ったまま、腕を組んで話を聞く。


「それで結構よ。ロードナイトのやりたいようにやってちょうだい」


「比較的最近の手記は、手前にあるようですから、まずは整理しながら、アークテッサ王の手記を探しましょう。復権王は戦争が終わったのちに、ここクルムバートレインに王都を戻してますから、手記がある可能性は高い気がしますから」


「歴史オタク……」


「何かおっしゃいましたか?」


思わず突っ込んでしまったウェラディアに、ロードナイトが鋭い声を返す。


「いえいえ、なーんにも。まぁ、そうね。ロードの言うとおり、遷都していた間の王のものはないかもしれないものね」


うんうん。と強くうなずいておく。

まぁ、いいのだ。そもそも、自分の配下のうち、カルセドニーではなくロードナイトを連れてきたのは、このためだ。


かつて漆黒の騎士選考大祭の文試で一位をとった明晰な頭脳。、特に難問揃いの歴史の試験で高得点をとったロードナイトは肉体労働より、こういう作業に向いているだろうと思っていたのだから。


有名な王の名前はともかく、さすがに全ての王とその時代、そのときに起きた出来事をすべて結びつけられるほど、ウェラディアは歴史に精通していない。、たとえば偶然手にとったのがふたりの紋章騎士のどちらかの手記だとしたら、その書かれた名前だけで、時代と仕えていた王の名前を諳んじることはできない。


王の名前はまだしも、ふたりの紋章騎士の名前だけで時代を当てるのは、マナハルトの歴史学者のうち、何人ができるだろう。

百年、二百年続いた新興国ならともかく、千年続いたマナハルト王国の歴史を、完璧に暗記するのはなかなかに難しい。


少なくとも、ウェラディアにはできないし、カルセドニーにもできないだろう。

今日、カルセドニーはお目付役であるタムオッドに連れられて、近衛兵の訓練に参加しているはずだ。

ロードナイトだって、剣の使い手としてたいていの兵士より優れているし、カルセドニーだって、難関で知られる漆黒の騎士選考大祭の文試で合格するぐらいには頭がいい。それでも、どちらがより得意かというと、こういう配置になる。


「……これが適材適所ってやつよね」


ウェラディアはそっと肩をすくめて、ロードナイトの指示に従うことにした。

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