【短編】 秘密の図書館-1
ある日、父王に呼び出されたみそっかす王女ことウェラディアは
王城にあるという秘密の図書館について聞かされる
そこには千年王城を謳うマナハルト王国の秘密があると言うのだが――。
※冬コミに出した短編。4回を2日で投稿予定。
割と筆ならし的な淡々としたお話なので、さらっと読んでもらえればうれしいです。
※本編より後の話のため、ややネタバレがあります
父親であるマナハルト国王から呼び出されたとき、てっきり怒られるのではないかと思ってしまったのは、普段の行いが悪いせいなのだろう。
緊張した面持ちで、叱咤の言葉を待つウェラディアに、父王は思ってもみなかった話を切り出した。
「おまえにはなかなか話す機会がなかったのだが、マナハルト王家には跡継ぎの義務というものがいくつかあってな」
「申し訳ありませんっ。私が至らずに……って、えと……お父さま?」
父王が何か言葉を発したとたんに謝ろうと身構えていたウェラディアは、想定した言葉と違うことに気づいて、途中で首を傾げた。
「…………ウェラディア、おまえはもう少し落ち着きというものを学んだほうがよさそうだな。それとも、何か怒られるようなことをしていたのか?」
藪蛇だった。まずい。
マナハルト王国の王女ウェラディアは、王の一人娘。
王一継承権第一位を持ちながら、母方の祖母に預けられて城の外で育った。
そのせいか、最近になって城でいっしょに暮らすようになった父王との間は、いまだぎくしゃくとしたところがあり、会話で緊張してしまうことがある。
一人娘だから、王の跡継ぎになるのではと目されつつも、城の外で育った王女は貴族たちから『みそっかす』扱いされ、親戚であるユーレガーが王位を継ぐのではないかと囁かれていた。
次期王位継承者としては、ウェラディアの政治基盤はあまりにも弱く、また、王女という身分の高い女性としても少々変わっていた。
教育係オルタの目を盗んで、男装して漆黒の騎士選考大祭に出たり、王女である正体を隠して街を歩いたり。
――お父さまに知られたら、やっぱり問題があるわよね……。
あえて視線をそらさずに、ただにっこりと笑ってごまかす。内心で冷汗を掻きながら。
下手な言い訳は、逆効果なのだ。一国の王である彼は、父親としてはともかく、部下の心を見抜く眼力を持っている。
『娘』として接するときにはまだしも、『王家の跡継ぎ』として目の前に立つときには要注意なのだった。
「まぁよい。本来ならば、正式な跡継ぎに決まってから話すことなのだが……おまえも知ってのとおり、王家の直系に近い血筋は少ないからな……早めに話しておこうと思ったのだ。ユーレガーにも話だけはしてある」
ユーレガーというのは父王の従兄弟の息子で、ウェラディアは年上の親戚として、簡単に『おじさま』と呼んでいる。
現在のところ、ウェラディアは王位継承権第一位。ユーレガーは、王位継承権第二位なのだった。
「おじさまもご存知のこと……何でしょう?」
万が一のことを考えてなのだろう。
ウェラディアだけではなく、王位継承権第二位を持つユーレガーにまで伝えてあるというのは、確実に時代の王に伝えなくてはいけない重要事項だということだ。そう気づいて、ウェラディアはゴクリと生唾を飲みこんだ。
「王城の図書館にある……『秘密の図書館』のことだ」
重々しく言われたわりに、その言葉の内容が重要に思えなくて、ウェラディアは少しだけ拍子抜けしてしまった。
「『秘密の図書館』ですか? なんといいますか……人に見られては困る本が所蔵されているのですか?」
とっさに想像してしまったのは、王家の恥ずかしい汚点を所蔵してあるのでは、ということだった。
――あるいは、子どもに見せられないような大人向けのものが収められているとか?
そう考えて、ウェラディアは鼻の頭に皺を寄せた。
――それとももしかすると、結婚に関わる知識を詰め込むための図書館なのかしら……。
いまのところ、ウェラディアには婚約者がいない。
王の一人娘でありながら城の外で育ったウェラディアは、王位を継ぐのかどうかを疑われており、ただの王族として降嫁するのか、次の王の配偶者を選ぶのかが決められなかったからだ。
――もしかして、いまになって結婚が決まったからとか……?
頭のなかで先走ってさまざまの想像してしまう。そんなウェラディアの思考を諫めるように、父王が咳払いをひとつする。
「多分、おまえが考えているようなものではない。図書館のさらに下に、王族だけが入ることができる図書館があるのだ……そこには代々のマナハルト国王とその紋章騎士が遺した手記が収められている」
「過去の……王の手記ですか? すべての王のですか? 賢王デュライの手記も?」
驚いて父王の言葉を疑わしく思うように聞き返してしまったのは、マナハルトという国が昨日今日できたばかりの国ではないからだ。
近隣でももっとも永く続いている千年王国。
その長きに渡る王国の繁栄を支えてきた王の手記――それは確かに、王家の秘密として引き継がれるだけの価値があるのかもしれない。
「すべての王の手記があると言われているが……わからぬ。なにせ、使用人を入れていないのでな……どこに何があるのか、不確かなのだ」
「あ……そういうこと……ですか」
ウェラディアはさすがに何を言われているのか理解し始めて、少しだけ身を引く。千年王国の秘密が収められていると言えば、聞こえはいいが、とどのつまり、千年もの長きに渡って放置されてきた書庫の整理をしろという、そういう話なのだ。
――これは大変なことになりそうな予感がする。やっぱり、何かの罰なのかもしれない……。
そう思う一方で、頭のなかに閃くものがあった。
「そうだ。手記は整理されていない。しかも古いものは、擦りきれてしまっている……重要な王の手記を読みやすくするために写しを作るのがをの図書館に入るものの義務と言ってもいい」
「お父さま、紋章騎士の手記もあるとおっしゃいましたね? もしかして、彼らなら手伝いをさせてもよいのではありませんか?」
歴史が得意だという自分の配下の騎士を念頭に置きながら、ウェラディアは父王の顔をうかがった。
「そのとおりだ。それに、私の祖父の代に……おまえにとっては曾祖父に当たるわけだが、後継ぎが認めた従者なら連れて入ってもよいということになった。あまりにも……整理の手が足りなくてな」
「そ……そうですか……」
少しばかり、笑みを引き攣らせながらも、ウェラディアはこれは好機なのではないかと考えていた。
――だって、本当の過去の王の手記なんて……どんな歴史オタクだって驚く事実が書かれているかもしれないわ!
いつだって訳知った顔をする己の配下の鼻を明かしてやりたい。
心のなかでそう意気込むウェラディアは、ロードナイトをこの仕事に巻き込むことに決めていた。
† † †
鍵を回して錠を開くと、王城の奥にある古めかしい扉は、軋んだ音を立てて開いた。
暗くて湿っぽい扉の先にランプを掲げると、あまり風を通していないのだろう。埃の匂いが鼻につく。
それでも、扉の先にあった狭い螺旋階段を降りてゆくマナハルト王女ウェラディアの足は、どこか弾んでいた。
「ウェラディアさまは、どなたの手記を捜されるおつもりですか?」
追いかけるようにあとをついてくるロードナイトから声をかけられて、ウェラディアはうーんと唸りながら階段の最後の段を一段抜かしで飛び降りた。王女としては少々はしたない仕種だが、人に見られているわけでもないからだろうか。珍しく口うるさいロードナイトが咎めなかった。
「そうね、一番は賢王デュライの手記だけど……復権王アークテッサの手記も読んでみたいわね……もし、あるのなら、だけど」
そう言いながら、静かにドレスの裾を持ち上げながら石床に足を踏み出した。動きやすいように華美な服装はしていないけれど、男装ではなくドレス姿だから、埃がどうしても気になってしまう。
「いくら、この部屋に立ち入ることができる人間を制限しているとはいえ、たまには掃除しないと、来るたびに埃まみれになってしまうわ」
思わず鼻の頭にしわを寄せて、ウェラディアが机の上を指先ですぅっとなぞると、降り積もった埃のせいで、綺麗に指先の軌跡が描かれる。その王女の様子を真似して、ロードナイトもテーブルに円を描いて苦笑する。描かれたあとを見ていると、こうして落書きするのも悪くないなと思ってしまうぐらい、ちょうどいい埃の積もり具合だった。
遊び心を誘われるように自分の名前を書いているウェラディアに、ロードナイトが淡々とした声で尋ねた。
「そうですね……こういうときこそ、それこそデュライにでも頼んだらよいのではありませんか? 彼はウェラディアさまの血縁なのでしょう? この場所に入る権利を有しているのではありませんか」
「そ……それは……」
急に思ってもみなかったところを突かれて、王女は言葉に詰まった。
従騎士のデュライというのは、王女ウェラディアの仮の姿。
王女の姿では出向けない場所へお忍びで行くための、変装なのだ。
当然のことながら、王女ウェラディアがいる場所に、従騎士デュライは同時に存在できない。
その事実をロードナイトは知らないのだった。
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