5~従騎士の姿でも、心は王女です-2
王女なのに。
自分の城にいて、お金もなくてお昼食べられないのを見透かされて、餌付け。
なんだろう――この訳のわからない敗北感。
ウェラディアはチュニックを纏った華奢な男装姿で、がっくりと肩を落とした。
はっと視線を落とすと、開いた手のひらに白粉の粉がついている。
どうやら、慌てて着替えてきたせいか、首筋に塗った白粉が拭い切れなかったらしい。
気付かれないように、打ちひしがれている振りをして、手のひらで首筋のそれらしい場処を擦り落とす。
危ない。従騎士の首筋に白粉の粉なんて、絶対おかしい。
気づかれる前に、自分でわかってよかった。
ほっと安堵の息を静かに吐いて、左右隣に座るふたりをそっと窺うけれど、気付かれた様子はない。
背もたれに片肘をもたれかけているカルセドニー。
不機嫌さを露にして、幾分ふて腐れた顔のロードナイト。
いつも朗らかなカルセドニーはともかく、ロードナイトにもしこのことが露見したら――。
それは怖い。なんだかとっても恐ろしい。
というか、なんだかわからないけど、ロードナイトって見た目の優しさを裏切って、性格暴君なんじゃないの!? とさえ思う。
よくよく考えてみれば、初めて会った瞬間には命令形で罵られ、その後も文試の結果が広まっていた時には壁際に追い詰められて脅迫めいたことを言われたり――ああは本当にやばかった。ちょっとは怖かったし、心臓が壊れるかと思った
さらには愛玩動物扱いで頭撫でられ、挙げ句の果てに無理やり餌付け。
不敬罪で、幾つ訴えることができるかしら――。
訴えても、ロードナイト相手だと、なんだか負けそう……それもおかしいけど。
そこまで考えて、ウェラディアは脱力してしまった。
「脱力してるくらいなら、ほら、食うがいい」
えらそうな声でスプーンを差し出される。脱力してるくらいなら、何だよ!? って叫んでしまいそうになるけれど、つい、空腹に負けて食いついてしまう。
「ほぉーら、やっぱり腹が減ってるんだろ?」
にんまりと傲岸不遜にいい笑顔で微笑まれると、上目遣いに睨みたくなってしまう。
潰れた胸が痛い。地に落ちた王女としての誇りが泣いている気がする。
うぅ。情けない……情けないけど、美味しい。もっと食べたい。
そんな心情が表情に現れていたのだろう。
突然ロードナイトが噴き出した。どうやら、笑いのツボに嵌まったらしい。
「おまえっ……本当に、腹が減ってだんだなっ……財布を忘れるなんて、馬鹿だなぁ!」
さっきまで、この世の不幸を一身に背負ってるかのような不穏な空気を漂わせていたくせに、ふ、と美しく優美な花が綻んだかのごとく相好を崩されると、どきりと心臓が高鳴なって、頬が熱くなる。
やばっ……目が……合った、ら……。
男であるはずの、デュライ・ヴァーレルが、男に微笑まれて頬を赤らめてなんて、絶対おかしい。
そう思うのに、憂鬱めいた微笑みを目にして、目が離せない。どきどきする。
時間が止まったような心地に、ずっとこのままでいたいような気がしてしまう。
そんなことを考えて、こくりと乾いた咽喉に生唾を嚥下した――瞬間。
ちらり、と目の隅で、何かがはためく気配がした。
まただ――と、ウェラディアは意識の外で思う。
時折やってくる、予兆めいた気配。
切ないような、焦がれるような――長い間旅している流浪の民が、いまはもうない故郷を思うような苦しさに、胸が締め付けられるてしまう。
もちろん、男装しているときには胸覆いで締め付けているのだけれど、今日は時間がなかったせいもあり、緩く身に付けているに過ぎない。だから、この息苦しさは、物理的に胸が締め付けられるっていうわけではもちろんない。
なんだろう……?
ウェラディアは透き通った蒼穹を映す瞳を、大きく瞠った。天高い空を思わせるのに、深く、どこまでもその透明さに落ちてきそうな蒼。見えない何かを暴き立てるような――。
見つめられたほうがぎくり、と一瞬、身を竦ませるほど、深く底の見えない蒼穹。
もちろん、ウェラディアにはそんな自覚はない。
けれども、見つめ見つめ合う瞬間、その硝子玉のような瞳に、ちらりと、何かの俤が通り過ぎた。
「デュライ……? どうか、したのか?」
ロードナイトが気遣うように、手を伸ばして額に触れる。
まるで子どもも熱を測るような仕種は、何回もされているうちに、どこか肌に馴染んでしまったらしい。
額に手をあてられたまま、改めてロードナイトに向きなおったところで、ウェラディアは目の焦点が定まらの感じた。
「ロードナイトって……」
「なんだ?」
誰かに似ている――。
いま、物憂げな微笑みを見て、初めて自覚したけれど、ずいぶん前から、心の奥底でそんなことを感じていたような、そんな引っかかりを覚えた。
誰だろう……特に、見覚えがあるわけでもないのに、なんだか懐かしいような、ほっとするような――不思議な感じがする。
「あー、おい。また妙な噂が立っても知らないぞ……」
笑いを含んだ揶揄いの声が、耳朶を震わせる。
「あ……えっ!?」
動揺して、ぱっと体を撥ねのけたところで、がたん、と蜂蜜檸檬水の入った木のコップを倒してしまった。
「わわっ!! ご、ごめんっ……!!」
慌てて、転がるコップを掴もうとしたところで、今度は、スプーンを始めとするカテラリ一式が入った木通の蔓籠に手が引っかかる。
ガシャーン!! と、金属がぶつかり合う音が響き、食堂にいた人が一斉にこちらを見た。
うわぁ……あああぁああっ。
最悪だった。
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