4~従騎士の姿でも、心は王女です
面接が終わり昼食を済ませたところで、それから一刻半のちには、もう試合が組まれる慌ただしさだ。
参加者たちは、早い順番から王城の食堂で既に食事を済ませていたらしい。
ウェラディアが王女の姿をかなぐり捨てて、男装の――従騎士のデュライ・ヴァーレルの姿に変装して食堂にやってきたとき、食事をしていたのはロードナイトひとり。カルセドニーはつきあいでデザートとお茶を飲んでいると言った態で、気を抜いた格好で頬杖をついている。
さっき面接で見たきりりとした姿の俤は何処にもないくらい、気が抜けた格好だ。
一方で、背中を向けているロードナイトのほうは、どんな表情で食事をしているのか、よく見えない。
どうしよう……なんでロードナイトは、あんなこと聞いたんだろう?
それが聞きたくて、このあと用事があるにもかかわらず、王城を抜け出して来た。
とはいえ、面接の場にいたのは王女ウェラディア。
その内容を従騎士のデュライ・ヴァーレルが知っているのはおかしい。
なんて話しかけようか――。
逡巡に足が止まったところで、
「あれ、デュライ? おまえ、やっぱりまだ王都にいたのか!? 昨日見かけなかったから、もしかして薄情にも挨拶も無しに帰ったのかと思ったぞ」
カルセドニーに目敏く見つかってしまった。
「あ、ああ……うん。悪い。勝ったんだよな……おめでとう」
話しかける内容を考える前に、近くの椅子を引かれ、その場処に座らないわけにいかなかった。
「そうそう、試合には勝ったんだから……」
「試合には勝ったんだから?」
おかしな物言いだと思って首をかしげると、ただひとり食事をしているロードナイトのほうを手で示される。
ロードナイトが、何?――蒼穹の瞳に戸惑いを映して、カルセドニーの透き通る碧玉を窺うと、苦笑いを返される。
「どうも、面接のときに変なことを口走ったらしくて……凹んでるから」
「は……凹んでる!? ロードナイトが!?」
ぱっと目線を切り替えると、白金色の髪に覆われた顔は、俯き加減で暗いというだけでなく、確かに仏頂面している。
「うるさいな。人のことは放っておいてくれ。どうせここで落とされるんだ……」
唇を尖らせた顔は、どう見ても拗ねている。
め、珍しい……というか、可愛い!!
目を瞠ってしまうけど、なんだか口元が緩んでしまう。まずい。と思っていたら、ロードナイトの指先で額を弾かれた。
「ったー! 何するんだよ!」
「人の不幸を楽しむような顔をするからだ。自業自得」
「別に、ロードナイトの不幸そのものを楽しんでるわけじゃ……っていったい、何があったんだよ。変なことを口走ったとか言ってたけど……」
むしろ楽しんでるのは、その苦悩する顔です! と正直に言ってしまいたい。
きっともっと苦悩した顔をするに違いない。
おいしい。
いや、違うか。
混乱する煩悩の叫びを無視して、言葉ではしれっと話を振っておく。
「落とされるだなんて、大げさな……そんな大失敗したのか?」
何気ないふりをして、話を聞くふりをする。本当はわかっているけど。
内心では、そんな変なことあった覚えはないんだけど……と首を傾げてしまう。
けれども、他の人がどう思ったのかわからない。
そもそも漆黒の騎士になるのに何か問題を感じたら、その参加者を落とす――そう言い出したのは、他でもないウェラディアだ。そのせいでもし、ロードナイトがをしてしまったとしたら――考えた途端、心臓がどきりと嫌な痛みを伴ってどきりと跳ねた。
ううん、そんなわけない。
最後にウェラディアが父王たちと話していたとき、そんな話は一切出なかった。
もちろん父王たちは、ロードナイトと違い、推薦したのがウェラディアであると知っている。だから、他の誰かがロードナイトを落とすことに決めていたとしても、あえて告げないかった可能性もあるだろう。
どちらにしても、選考と午後から始まる勝ち抜き戦の組み合わせに関しては、まだ時間がかかるといわれ、ウェラディアは、無罪放免。決まるまで残りなさいとまでは言われなかったために、急いでドレスを脱ぎ、従騎士のチュニックに着がえてきた。
ロードナイトの質問の意味が知りたい。
ただ、その一心だった。
指で弾かれてじんじんと痛む額を手を押さえ、ひとまず、睨み返す。
なのに、ロードナイトは本当に落ち込んでいるらしい。
いつものように凍れる眼差しが冷ややかに返ってはこなかった。
あれ? と拍子抜けする心地で、カルセドニーのほうを向き直ると、お手上げだといわんばかりに両手のひらを天井に向けて、肩を竦められる。
「何でも、王が戦のときに後ろにいることを非難したとかなんとか……あと、なんだっけ? 陛下とタムオッドから、文官の方が向いてるのではと言われたとか……」
「ああ、それはもう、文試一位だからなぁ」
「そうそう、文試一位だから仕方ないよな」
「おまえら、そうやって人を揶揄うけど、試験なんだから、誰かが必ず一位になるに決まってるだろ!? それに加えて、もしそんなに文官が欲しいなら、初めから文官の試験をやればいいんだ。武官である漆黒の騎士の選考に来てるのに、一位だから文官にならないかなんて話、どう考えてもおかしいだろ!」
うんまぁ、確かに。
というか、本当に怒ってるな……。
いつもは淡々とした口調が、珍しく激しい。そのぐらい、文官を勧められたことが頭に来たということなんだろう。
けれども、面接してるときには、もう少し落ち着いているように見えていた。だから、ウェラディアはロードナイトが、こんなにいやがってなんて欠片も感じとれなかった。本当のところ、内心は腸煮えくり返っていたのかと思うと、あの場では抑えていた精神力のほうを褒めてあげたい。
ざわついた食堂の中は、相変わらず、城勤めの人や見学者が慌ただしく行き来している。中には、面接で見かけた、選考大祭の参加者らしい人もいるけれど、もう十六人しか残っていないとあって、それらしい風体の青年は、当たり前だけれど、めっきり数が少なくなり、どこか淋しい心地がするぐらいだ。
もちろん、もう脱落した参加者だからといって、すぐに王都を去ったというわけではないらしい。
どちらかというと、遠くから参加した人ほど、故郷へ帰ったときのみやげ話にするつもりなのだろう。せっかくの祭りを最後まで見届けるつもりで、今度は観客として楽しんでいる人の方が多いようだった。
あちこちから漂ってくる今日のメニューの香しい誘いに、ウェラディアの鼻もひくひくと動いてしまう。
何か食べたいな。
さっき面接の選考が慌ただしく終わったばかりで、何か食べてくる暇はなかった。朝早くからドレス姿でいたから、ずっと何も口にしていない。
今日のランチはなんだろう――ウェラディアが、視線を厨房の方に向けて腰を浮かしかけたところで、気づいた。
しまった。お金持ってきてない!
もう参加者でなくなってしまった以上、城勤めの証である木札か、お金が必要になる。そのどちらも持ち合わせていない以上、注文に行けない。くそう……失態だった。涙を呑んで、ぐぅぅと空腹を訴えるお腹を抑えたところで、カルセドニーの声が耳についた。
「しかもおまえ、こともあろうに……殿下にも、喧嘩売ったんだっけ? これから仕えようかという人に印象を悪くしてどうするんだよ」
「喧嘩じゃない! それに、あとで仕えるかもしれないから、殿下がどう考えてるのか、気になるに決まってるだろ!? 普通に……普通に質問しただけだ。殿下が何も……お話されないから……」
「普通に質問ねぇ……? 俺のときだって、殿下は話も何も、ほとんど口を挟まれなかったぞ。進行はタムオッド。質問は陛下。時折ユーレガー将軍が間の手を挟むぐらいで……それが、おまえ何!? 将軍に突っ込まれて、陛下に喧嘩売って、挙げ句の果てに殿下にまでって……そんなことしたの、絶対おまえだけだと思うぞ」
「立て板に水の如く、人の生傷を抉るなよ!? 凹んでるから、慰めてくれるじゃなかったのか!?」
「そんなの、慰めようがないだろ……質問されてもいないのに、自分から殿下に質問するなんて……」
確かに……とウェラディアも心の中だけで、何度も首肯してしまう。
カルセドニーの言う通り、自ら王女に話しかけてきた参加者は、ロードナイトただひとりだけだったのだ。
でも少し、ほっとした。
心のどこかで、ロードナイトは“みそっかす姫”であるウェラディアに仕えるのが嫌なのではないかと、ほんの少し、懸念していたらしい。
そうではなかったとわかって、躯の力が抜ける。途端に、空腹を思い出して、いまにもぐぅぐぅと言 立て そうな お腹 を撫でさすっていると、
「……おい、デュライ。これ」
急に鼻先に、食欲をそそる香りが漂った。期せず、口腔内に生唾がじゅるりと湧き起こった。
見ると、ロードナイトが若鶏の塊を乗せたクリームシチューをスプーンに乗せて差し出している。
「え、なんだ、よ……」
「腹が空いてるんだろ。さっきからお腹がぐうぐう鳴ってうるさいから、黙って食え」
は? と思考が停止した。
蒼い瞳を瞠ったまま、体が固まる。
どうしたらいいんでしょう、これ。
玲瓏な月明かりのような美貌の人から、若鶏を食べろとスプーンを差し出されてます、お母さま。
他人からこんなことをされるなんて、おそらく人生で初めてのことに違いない。
子どもの頃には、あったかもしれないけれど、そんな小さな頃のことは記憶の彼方だ。
子どもにはなんてことないかもしれないけど、私には無理。無理でしょう!?
「あ……や……っ」
と、断りの言葉の口にしようとしたところで、無理やり口にスプーンを突っ込まれた。
ごくん。とシチューの味が口の中いっぱいに広がると、次から次へと生唾が湧き起こる。
ウェラディアに眼差しを向けるロードナイトのふて腐れたような顔を上目遣いに窺うと、半ば脅迫されているような心地になる。食べないわけにいかない――もぐもぐと、咀嚼していると、お腹がぐうぐう鳴った。
「ほら、腹が減ってるんだろ。俺はもう一杯だから、おまえ残り食え」
脅迫されているような、じゃなくて、脅迫だった。
「いや、俺だって……」
いい。と言おうとしたら、怜悧でいてやさしげな顔立ちが嫌そうに歪められる。と思うと、またシチューを乗せたスプーンを口に突っ込まれていた。
「む……ぐ……って、何するんだよ」
「何って、餌付け」
「……餌付けだとよ。よかったな、デュライ」
「そうそう、餌付け。腹を空かせた従騎士なんて、憐れんでやらないと」
餌付け。
餌付けされてしまいました。
王女なのに!!
明日も何とか更新出来そうな気配。
日々ぎりぎりの攻防。
もう10月なんですってね!?
ご存じでした、奥様!?




