2~騎士の矜持、王女の夢想-3
「特に歴史の成績はほぼ満点だったという話だ」
「そうなんですか……確かに歴史は好きな科目なので、よく覚えていたのかもしません」
「そうか。もちろん他の科目も素晴らしいものだ……それで」
父王がそこで言葉を切って、タムオッドにちらりと一瞥を向けると、タムオッドは心得たように一回、咳払い。それを仕切り直しに、続きを口にした。
「漆黒の騎士は有事には先駆けとなり、戦場で指揮をとる。君のように学のある者なら、武官よりも文官の方が向いているのではとも思っているのだが……どうだろう? 特に法律の知識を持つものは、どこの部署でも人手が足りていないくらいでね……」
きた。
とウェラディアは弾かれたように眺めていた書類から顔をあげた。
やはりこの質問は、ロードナイトに避けられない話だったのだろう。
珍しく端正なやさしげな風貌が、目を瞠っている。
ロードナイトは――なんて答えるの?
固唾を呑んで、白金色の髪をした青年を注視していると、穏やかな表情が一変。険を強めた。あるいは、こんなことをいわれるのは心外だとばかりに、怒りを露わにしていたのかもしれない。
「お言葉ですが――私の知識はもっと学問を専門にしているものから見れば、取るに足らないものです」
「そうかな? 謙遜は概ね美徳に繋がるが、過ぎた謙遜は瑕疵に繋がりかねん。問題を作った文官たちは、合格点を六十点に設定していた。結果は成績のいい者と合格点すれすれの者とに二分されていて、君の成績は成績優秀者の中でも抜きんでている。こういってはなんだが、いまは長く平和が続いているから、武官よら文官の方が重用されている。この成績なら、もし上級文官を志望するのであれば、欲しがる部署も数多あるだろう」
「ご配慮、感謝いたします。確かに大きな戦争はずっとありませんが、国境線ではいまも小競り合いが絶えないのでは?」
答えながら、視線を向けたのは、西南の砦にて国境を見張るユーレガーだ。
あなたならご存知でしょうといわんばかりの視線に、ユーレガーが面白そうに口角を引き上げる。
「確かに、その通りかもしれないな。だが、別に私は砦にいる兵士たちを指揮しているだけで、先陣を切って戦っているわけではない。もし戦になることがあるとすれは、漆黒の騎士として求められているのは、どういうことだと君は思うのかね?」
まるで、ウェラディアを試すかのような、鋭い質問だった。
あるいは、推薦したのがウェラディアだからかもしれない。
これまで、ユーレガーがこんな質問することなかったのに――。
ウェラディアは、ひやひやしながら、整った容貌の眉間に皺を寄せるロードナイトと、甘やかな顔立ちで傲慢に顎を聳やかすユーレガーの顔とを交互に見つめてしまう。
落ち着いて。頭に血が昇ったら、おじさまの思う壺なんだから。
自分がロードナイトに冷静になれなんて、心の中だけでも訴える日が来るとは思わなかった。けれども、いまのロードナイトは、明らかにいつもより怒りに駆られているように見える。
「私は……戦いの時に後方に下がっていたいとは思いません。もちろん、早く死にたいと思っているわけでもありませんが……けれども指揮官として必要があるなら、戦の先駆けとなる覚悟はできています」
「なるほど。痛い言葉でもあるな」
王が乾いた声で笑う。途端、部屋の空気が和らいだ。
それで我に返ったのだろうか。
ロードナイトは、はっと顔をあげて、怜悧な眼差しを王に向けた。その顔はいつものとり澄ました表情に戻っていたから、ウェラディアも緊張を解いて、ほっと詰めていた息を吐き出すことができた。
「……陛下、私は自分の気性と希望を申し上げたに過ぎません。戦時に王が生き延びることは、何よりも優先されることです。後方にいることを選んだ王が、先駆けを切った王よりも勇気がなく、賢明ではないなどということがありましょうか。もしそういうことをいうものがあれば、そのものこそ、本当の勇気を知らないでしょうし、愚か者だと罵られるべきでしょう」
「確かにその通りだ。ものの見方というのは、見る角度によって形を変える。しかしそなたも、戦時において、あるいは仕事に就く上で、自分に最も向いている役職が、自分がなりたいものと違う方が、より望ましいということもあり得るのだぞ」
「それは……はい。そういうこともあるのだろうと思います。お言葉、心に留めておきます」
「よい返事だ」
ウェラディアがじっと横目に見ているのを知っているのかいないのか。
王は厳しさを潜めさせて、満足そうに微笑んでいた。
それで、面接は終わり――。
そんな空気が流れたのは、この部屋にいる誰もがわかっていたはず。
いつもわけのわからない方向から、茶々を入れることが多いユーレガーでさえ、先ほどの質問とその答えに充分楽しんだといわんばかりの満足そうな表情を浮かべていた、
なのに、ただひとりだけ、違った。
「ウェラディア王女殿下は……どう思われますか? 私は、武官よりも文官の方が相応しいとお思いになりますか?」
「え、私? え?」
いきなり話を振られて、ウェラディアはポカンと口を半開きにして固まった。
周りにいる父王も、ユーレガーも、タムオッドさえ、はっと、いまその存在を思い出したかのように、ウェラディアを注視している。
もう終わりじゃなかったの!?
そんな動揺が表情に現れていたのだろう。
ウェラディアを見つめるロードナイトの表情が、少しばかり険しくなったような気がした。
苛立っている!?
え、いやちょっと待って!
だっていままで、私に話しかけてくる参加者なんていなかったし!
いや、と言うか、顰めっ面、怖いから!
凄絶に胸がときめくから、やめてって何度も心の中で言ったのに――。
そんなこと思ったところで、違うと思った。
そうじゃない。おかしい。
いまここにいるのは、従騎士のデュライ・ヴァーレルではなくて、王女ウェラディアなのだ。
ロードナイトの顰めっ面に怯える必要なんて、どこにもない。どこにもないはずなのに――。
そもそも私から声をかけるならともかく、参加者の方から声をかけるなんて、無礼なんじゃじゃないの!?
頭の中が混乱して、わけのわからないことばかり考えてしまう。
何故、ロードナイトは“ウェラディア”に話しかけたのだろう。
私が……みそっかす姫だから?
その真偽を探りたいということ?
たったひとり追いつめられて心地で、腰の鎖に繋がれた扇を無意識に握り締めた。
ロードナイトは、意味のないこと言わない。
それはわかっている。
ロードナイトは、武官の方が相応しいと思う。もちろん、ロードナイト漆黒の騎士になってくれればうれしい。
私だけの騎士になってくれたら――。
でもそれは、国の高官を選ぶというより、ウェラディアの個人的な心情だ。
しかも、他の人たちはウェラディアが推薦者で、ロードナイトももちろんそのことを知っていると思っているはず。変にロードナイトを持ち上げるようなことをいうのは、逆効果かもしれない。
半ば開いた扇をやはり、無意識にぱちりと音を立てて閉じた瞬間、ウェラディアは背中に飼っている巨大な猫が、自分に乗り移った。
「……武官にせよ、文官にせよ、あなたのように豊富な学識をもつものが、父王に仕え、またマナハルト国に尽くしてくれるのなら、こんな喜ばしいことはないと思っています」
唇が紡ぎ出した無難に過ぎる言葉に、勿忘草色の瞳がちらりと苛立ちに揺らいだように感じた。
「まるで、お手本通りのようなお答えですね」
わずかに歪んだロードナイトの口元が、声にならない声で、呟いたようだった。




