2~騎士の矜持、王女の夢想-2
王から賜る位が……権威が欲しい――。
正直といえば正直だけれど、あるいは、直哉に過ぎて、下世話だと思われないだろうか。
ウェラディアはちらりと、タムオッドと父王の顔を窺ったけれど、ふたりとも軽く頷いて、父王などは口髭を蓄えた口元にうっすら笑みを浮かべている。
あれ、いいのかな?
母親孝行は良い評価がつくの?
戸惑いながら、どうしようかと悩んでいる間にも、応答は進んでいく。
「戦う上で気にしている相手? ――キディン・ヒストクラーフとか……ロードナイト・ハーレニアでしょうか」
「うん、なるほど。キディン・ヒストクラーフの方でも君の名前を挙げていたよ。流石に軍部に所属してる中でも君たちはいつも引き合いに出されるからねぇ」
タムオッドの言葉に、カルセドニーは弱ったような、なんて答えたら良いものかと悩む顔になる。少し照れた、むず痒そうな表情と言ったらいいんだろうか。ちょっと可愛い。
「タムオッド卿にそう言われますと…光栄ですとしか答えようがありません」
現漆黒の騎士であるタムオッドさえ、カルセドニーの名を聞き知っているとは――。
昨夜聞かされたときも、正直驚いていたけれど、どうやらウェラディアが知らないだけで、カルセドニーは剣士として王都ではそれなりに知られているらしい。おそらくは、貴族(仮)もとい、キディン・ヒストクラーフも。
あるいは、だからなのだろう。
自分の剣に矜持を持つからこそ、漆黒の騎士になろうと名乗りを上げるものが生半可な剣の腕しか持たないことが許せなかったに違いない。
ウェラディアは、唇を固く引き結んだ。
覚悟が足らなかったとは思わない。
それでも、いまとなってはキディンの矜持が――その怒りが少しは理解できるようになっていた。
だからといって、簡単に打ち込まれた恨みが忘れられるわけでもないけれど……。
キディン・ヒストクラーフは一番最初の面接者だった。
どうやら受付の順番になっているらしく、王都住まいの貴族は概ね順番が早いらしい。
いかに大貴族ヒストクラーフの名前を持つにしても、一番というのは緊張するのだろう。 頬骨の張った顔は青ざめる一歩手前。
いまにも倒れそうなほど緊張しているのが、見ているだけのウェラディアにも痛いほど伝わってきた。
緊張を解きほぐそうと、父王とタムオッドが声を掛けても、噛み合わない答えがつっかえつっかえ返るだけ。
なんだか可哀想なくらいね……。
体格の良い体が焦っているのを見ていると、少しばかり哀れみの情が湧いてしまう。
青ざめる顔を見ているうちに、ふと、オルタの声がよみがえった。
『おそらく姫さまの婚約者候補の中では、結構上位に名前が挙げられていると思いますよ』
別に思い出したくて思い出しただけでもないけれど、ちょっと後悔する。
こんな時に思い出すんじゃなかった。いやだと思うなら、点を辛くすればいいだけだけど、なんだかそれもおかしい気がする。採点表を書き込む紙を眺めて、少しだけ葛藤した。
しばらくして、やっとまともな応答ができるようになると、さすがに大貴族の一員らしい。落ち着いて話しぶりをみせるようになった。
「漆黒の騎士になりたいという……理由ですか。多分……自分は、自分にとって、漆黒の騎士は剣士としての理想なのだと思います。子どもの頃から、漆黒の騎士の歌を聞いて育ちましたし……過去の漆黒の騎士の英雄譚を寝物語に育ちましたから……今回の選考大祭で、三十歳までという選考基準に合わなかった剣士はみな嘆いていました。自分は……少なくとも挑戦する権利があって、幸運だったと思います」
意外だ。
漆黒の騎士が憧れだなんて……体格のいい体に似合わず、ずいぶん可愛らしい志望動機だ。
そんな風に考えてしまうと、椅子の上に身を縮めて座る姿が、ちょこんと可愛らしく見えてしまう。
思わず、これがあの、取り巻きを引き連れていた感じの悪い男だろうかと、つま先から頭の先までじろじろと眺めてしまう。すると、茶の瞳と視線が絡んだ。
その瞬間、真っ赤に顔を赤らめ、さっと目を逸らされてしまった。
えーっと……。ウェラディアは一瞬、どうしたらいいかわからずに、唖然としてしまった。
この人は……男のデュライ相手にはともかく、女である王女を前にするとこんなになるのか。大貴族の一員なのに、女慣れしてないのかな?
とりとめない思考が頭の中で渦巻くうちに、キディンの面接は終わっていた。
とはいえ、内容は可もなく不可もない。
軍部でも、すでに小隊を率いたことがあると言うし、ヒストクラーフの名前があるにしても、取り巻きがつくくらいの器量はある。だいたい、何か足りないところがあるにしても、ヒストクラーフ一門が全力をあげてどうにかするだろう。
まぁよし。
そう思って、不可は――これからの試合に出られないという採点はつけないことにした。
そんなキディンと比べるのは悪いぐらい、カルセドニーの受け答えは、初めから落ち着き払っていた。
知り合いという贔屓目を抜きにしても、好印象。父王も、タムオッドも、表情をみれば同じことを考えているのがわかる。
『ああ、そうだな。案外陛下の前で緊張してちゃんと話せなかったら落とされるとか、そういう理由でやるのかもな、面接』
この間ロードナイトが冗談で言ってたことは、案外真実を突いている。
少なくとも、実際やる側になってみると、それも重要な資質のように思えてしまう。
戦うだけなら、武術実技で緊張しなければいいけど、他の国との交渉の時に緊張していたら話にならないものね……。
そしてその話を持ち出した当の本人は、扉を開けて中に入った瞬間から、いつもとほとんど変わりなく淡々としていた。
「失礼します。一九八番のロードナイト・ハーレニアです」
笑顔を浮かべない顔を見ると、ウェラディアは自分でも変だと思うけれど、安堵するようになってしまった。
最初は、近寄りがたいとさえ思っていたはずなのに――。
自分の心境の変化に、ほんのわずかだけ動揺する。サイドテーブルに置かれた杯を手に取り、気を落ち着かせるように水を口に含む。その音が、中から部屋にやけに大きく響くような心地に苛まれていると、
「では始めようか……そなたは、ずいぶんな推薦状を手に入れたものだな」
最初に口を開いたのは、父王だった。
ウェラディアもその言葉にぎくりと体を強張らせたけれど、聞かされたロードナイトのほうも、静かな光を讃えたような勿忘草色の薄い瞳に、ちらりと動揺が走ったのがわかる。
けれどもそれは、ほんの一瞬。
ウェラディアはもちろん、ロードナイトの動揺の理由を知っているから、その挙動の意味がわかってしまったけれど、周りは誰も気づかなかったかもしれない。
『推薦者の詮索はしないように!』
あんな事言わなければよかった……冷や汗がじわりと滲んで、鼓動が速く大きくなっていく。
いまここで、私が推薦者だとバレてしまったら、どうしよう。
じりじりと鉄板で灼かれる魚のような心地で、乾いた咽喉にどうにか唾を呑みこむ。すると、
「……そしてどうやら、学業がひどく優秀だったらしいな」
「ありがとうございます。これからも精進してしたいと思っております」
目を俯せて、礼を言う顔を落ち着いた顔を見て、ウェラディアは気づかれないよう、口元だけに笑みを浮かべた。
文試の結果をいわれるのに、初めはあんなに嫌悪感を露わにしていたのに。
そんなことを考えながら、ウェラディアは安堵のあまり、盛大にため息をつきたいのを我慢していた。多分、ロードナイトだって、同じような心境だっただろう。
どうやら、父王の問いかけにロードナイトが曖昧な微笑みを返したのが、返答の代わりだと思われたらしい。
推薦者について触れたのは最初のその一言だけで、あとは他の参加者と同じような応答になった。
ロードナイトは落ちついた様子で、そんな心の機微をまったく気づかせていない。
ウェラディアはあらためて感心してしまっていた。
明日も21時頃更新予定です。
【次回予告】
3~騎士の矜持、王女の夢想-3




