1~騎士の矜持、王女の夢想-1
喩えるなら、咲き初めの薄紅色の薔薇の蕾。
ふんわりと綻びはじめたばかりの、匂い立つように初々しい艶やかさ。
「どうかしら?」
ウェラディアは白い手袋をはめた指先に扇を弄びながら、ドレス姿でくるりと一回転。
身に纏うドレスを見せびらかすように、スカートの襞を広げて灰色の床に絹の花を咲かせて回って見せた。
光沢のあるピンク色のディドレスは華美に過ぎず、けれどもところどころに精細なレースを施して、清純な優雅さを愛らしく演出しているかのよう。
「とてもよくお似合いですわ……いつもこうしていてくだされば、なおよろしいのですけど」
なにがどうあってもチクリと一言、言わずにいられないらしい。
ウェラディアは扇を広げ、引き攣る口元を覆い隠した。
「だから、昨日だって我慢して、試合を見に行かなかったじゃないの!」
そうなのだ。
本当は昨日、ロードナイトたちふたりがちゃんとベスト十六に勝ちあがるのかどうか、ウェラディアは試合を見に行きたくて仕方なかった。
もちろん面接の打ち合わせもあったけれど、それ以上に、一昨日の夜から、淑女が肌をしっとりとさせるための香油を日に灼けた肌に塗り込め、同じく灼けた金髪を光り耀く艶が出るように手入れし、荒れていた指や爪も整え終わると、もう男装姿にはならないでくださいと厳しく言い渡された。
もちろん理由はある。
今日の午前中早々に行われる参加者の面接――これは貴族との晩餐を除けば、王女としてほとんど初めての仕事だ。
そこに出て行くのに、
『未来に一緒に仕事をするかもしれない方々を前にするのですから、きちんとした姿でおいでください』
びしっと言い切られてしまった。
ふぅ……とウェラディアは、憂鬱げにため息をついてしまう。
昨日の打ち合わせでは、ユーレガーに王位継承者としての自覚を促され、きりきりと絞られて、そのあとは疲れ切って出かける気力も湧かなかった。
つまり――。
「お二方とも面接の場で、王女の姿で、お会いできますよ。で・す・か・ら」
「はいはい。折角整えた王女としての外観と装飾を崩さないように振る舞えって言うんでしょう。わかってますってば!」
叫び返しては、はぁ……とまた盛大なため息をついてしまう。
しゃらりと、衣擦れの音を立てるドレスを手袋した指に抓んで広げ、ウェラディアは一面に刺繍を施された瀟洒な長椅子に体を投げ出した。
結局、言えなかった……。
王女として人前に出る前に――あのふたりと公式に顔を合わせる前に、自分の口から言っておきたかったのに。
次から次へと後悔の念が湧き起こり、爪を噛めない代わりに唇を噛みしめるけれど、いまとなってはもう取り返しがつかない。
面接って、なにをやらされるのかしら。
ウェラディアは扇で鼻の頭を神経質に叩きながら、行儀悪くも、ドレス姿のまま脚を長椅子の手摺りの上に放り出した。
――ひとりひとり、面と向かって話をするということだったら、やっぱりわかってしまうわよね……。
どんなに胸覆いをつけて、男装して見せても、顔かたちや瞳の色は変えられない。声だって男装しているときは気を付けて話しているけれど、同じ人間の声だ。聞く人が聞けばわかってしまうに違いない。
考え始めると、扇を口元に当てて、憂鬱に耽ってしまう。
「さぁさぁ、姫さま。開刻半まで時間がありますから、久しぶりに法律の勉強でもいたしましょうか。参加者の方と面接なさるときに、王女は法律に疎いなんて思われたくはございませんでしょう?」
どん。という重たい異音に、おそるおそる顔を向けると、テーブルの上には分厚い革張りの法律書が、どでんと鎮座している。
げ。と動揺する間もなく、家庭教師の顔を取り戻したオルタがにっこりと微笑む。
「これも姫さまの、義務のひとつでございますからね」
† † †
コンコンと大きな扉を叩く音がして、「入りなさい」と現漆黒の騎士タムオッドが厳粛な声で答えると、参加者のひとりが扉から顔をのぞかせる。
「失礼します。二十七番のカルセドニー・ランスフォート・アルトベルガーと申します」
見慣れた顔を目にした途端、ウェラディアは胸がじわりと温かくなるのがわかった。
とはいえ、顔には鉄壁のたおやかな微笑み。背中には巨大な猫。
今日一日、かぶりとおさなくてはいけないは猫は、いまのところ絶好調。
気弱になったときには、ばれてしまうと泣きたい心地になったけれど、これなら誰もウェラディアが髪を切ってしまい、男装して従騎士のもの真似をしているなんて、夢にも思うまい。
あとは折を見て、ふたりに告白すればいい――。
ウェラディアは、よし。と気合いを入れて、優雅な王女を演じる決意を固めた。
カルセドニーの鋭利な眼差しがぐるりと、机から離れた椅子に座ったウェラディアのところで、大きく瞠られたのは、きっと気のせいじゃない。一瞬、気づかれたのかとひやりとしたけれど、おそらく違う。むしろ、“王女”が、この面接の場にいたことに驚いたのだろう。
ウェラディアにとっても、一昨日突然聞かされたばかりでこの場に居合わせているとあって、正直戸惑ってもいる。
内城にある父王の執務室の中は、ふたつ続き部屋となっているもの、さして広くない。といっても、王城の他の部屋と比べて、と言う意味で、一般庶民からしたら、充分豪奢な部屋かもしれない。
しかも、王が使う部屋だからだろう。絨毯に暖炉。もちろん執務用の机も卓上に置かれた優美な花の形を模したランプも、調度類は国の粋を極めた高級品で揃えられていた。
磨かれて艶の出た重い樫の机と落ち着いた濃い緑の天鵞絨を張った椅子が三つ。少し離れたところに、文官の書き付け用の机と椅子。そして応接用の重たそうななめし革製のソファ。それらがゆったりと配置され、厳しい緊張感と品の良さが漂う空間となっていた。
今は、入って正面の自分の机に王が座り、その右手にタムオッド、左手にユーレガーとウェラディアが座り、真ん中に参加者が座るための椅子が持ち込まれていた。
「そこに座りなさい」
場を取り仕切るようにタムオッドが手で指し示すと、カルセドニーはあまり緊張を感じさせない動きで、椅子の上に腰掛けた。慣れている風という訳でもないのに、妙に場に馴染んでいる。カルセドニーはいつもそうだったけれど、国の王と高官を目の当たりにしても、自然な仕種で向きあえるのが、ある意味すごい。ウェラディアは内心、感心しきりだった。
まとめあげた髪型を装い、一筋だけ垂らした後れ毛を揺らして、ウェラディアは、初めて王女の姿でカルセドニーの研ぎ澄まされた刃のような美貌を目の当たりにした。
まずい。
いつもは人を食った笑顔ばかり浮かべているくせに、そんなに真剣な顔されると、胸がきゅんきゅんときめいて困る。本当に困る。目のやり場がない。それでなくても、ウェラディアのほうは場の空気に呑まれて、緊張して興奮気味だというのに――。
周りの誰にも気付かれないように、書類で口元を隠しながら、ゆっくりとため息を吐き出す。
こうしてあらためて見ると、本当に整った顔をしているんだ、カルセドニーって。
もっとこう……この顔の良さを強みにすればいいのに。もったいない。
ついそんな方向に思考が流れてしまう。
「……すでに軍部にも所属して、剣の腕も確かだと聞いているが、君が漆黒の騎士になろうと、この大祭に参加した一番の理由は?」
父王の問いかけにウェラディアは、うっとりと蕩けさせていた瞳の焦点を取り戻した。
いけない。ただ見蕩れてればいいわけじゃなかった。
話を聞いて、ウェラディアなりに点数をつけなさいといわれているのだ。
「父が亡くなってから、母が女手一つでここまで育ててくれました。おかげで、体は頑丈だし、剣の腕も人より抜きんでているくらいになりましたから、その母に……マナハルトの最高位の騎士の称号を持って、恩返ししたいのです」
真っ直ぐに父王に向けられる碧玉を煌めかせる顔は、嘘偽りなく晴れやかだ。
真摯な告白を聞かされ、ウェラディアは黒髪の青年の顔を頭の先からつま先まで、じっと見つめ直してしまった。
意外だった。
カルセドニーはもっと……街の食事処で話していたような、漆黒の騎士への憧れを話すのかと思っていた。
微妙に中途半端なので、
22時頃、もう一回の更新予定です~。
【次回予告】
1~騎士の矜持、王女の夢想-2




