5~カルセドニーは悩む、ロードナイトは首を傾げる
† † †
一方、そのころ。
ウェラディアが父王たちと今後の方針を話し合っている同じ刻限に、ベスト十六にまで勝ち上がって参加者たちは、城で夕食を饗され、夜はそのまま城の客室に滞在することが許されていた。
「では、明日の面接について、説明いたします」
ざわつく参加者たちを前に、文官たちは大きな紙に書かれた触れ状を広げた。
城にいくつもある客間棟の一角、一階のサロンに集められ、参加者たちは緊張の面持ちで、聞かされる内容に耳をそばだてる。
文官が話した内容は、要約すると、三点だった。
まず面接は、受付番号の早い順に呼ばれ、開刻半から一人四分の一刻程度かけて行われるということ。時間としては、午前中目いっぱいか、天刻を過ぎる計算になる。
次に、この面接の結果、漆黒の騎士以外の道が相応しいと思われるものは、次の武術実技には進めないということ。
その結果、勝ち抜き戦を組む上で不都合があれば、面接の点がよかったものをシードとすること。
「どう思う……あの内容?」
サロンでの文官の説明のあと、部屋に戻ってくるなり、ロードナイトは切り出した。
他の参加者たちも、聞かされた内容をサロンに残ったまま、知ってる者同士で話したり、知り合い同士ひとつの部屋に集まっているようだった。
「ここで落とされることもあるのか……」
「王が面接すると聞いていたが、ほかには誰がその場にいるんだろう? やはりタムオッドか?」
そんな不安そうな疑問の声を早々にあとにして、ロードナイトとカルセドニーは、まるで予定調和のように、ロードナイトが供された部屋に戻ってきたのだった。
「たかが十六名とはいえ、休みなしに会う方も大変だな」
カルセドニーは応接用の椅子の背に体を投げ出して、すでに寛いでいるのだろうか。大きな伸びをしている。
参加者たちに与えられた部屋は、一通りの応接セットが設えられていたけれど、決して広くはなかった。
大貴族や大領主をもてなすような部屋ではない。中流以上の有力貴族でも文句をにそうだけれど、下級貴族で、王城側でもてなす必要がある場合には、充分といった趣きの部屋だ。
部屋の広さや装飾は足りないにしても、マナハルト王城を機能的にせしめている仕組みは、この部屋にも充分施されている。洗面用の給排水が各部屋に引かれ、いつでも自由に水が使えるという贅沢。王都に滅多にやってこない地方に住む者にとっては、これだけで驚嘆に値するに違いなかった。
「大変だなって、言うことはそれだけか……。“漆黒の騎士以外の道が相応しいと思われるものは”だなんて――ここまで来て、落とされるとか冗談じゃないぞ」
「まぁなぁ……でも、これを通れば、あとは勝ち上がるだけっていうほうが、わかりやすくていいじゃないか」
これを通れば――あっさりと言ってのける黒髪の青年は、微笑みさえ浮かべてみせる。
ロードナイトは、そこまで割り切れない。自分と比べて、楽観的なカルセドニーに、どこか唖然として苦笑いをかえすしかない。そんなロードナイトの心の裡を知ってかしらずか、カルセドニーは立ち上がると、部屋に備えられていたサイドボードから、瓶をふたつとグラスを引っ張り出して来た。
どうやら、部屋にあるものはなんでも使っていいということらしい。
さすがに王都住まいの貴族とあって、王城の細かなことに詳しいため、慣れないロードナイトとしては、変なところでいつも感心してしまう。
カルセドニーは、グラスに琥珀色の液体を注ぎながら、果実液のようなものと混ぜて、グラスをロードナイトの方へ通しだした。
入れて貰った礼を告げて口をつけると甘酸っぱい。柑橘系の果汁液と、蜂蜜酒だろうか。
「見たところ、残った参加者たちは、同じぐらいの歳の者がほとんどのようだな」
「そうだな。ベスト十六に残ったうち、一番歳が上なのは二十七だとか賭け屋の瓦版に書いてあったけど……」
「どうかな? 年齢が高い方が有利かな?」
ロードナイトは考え込むように、琥珀色の液体に視線を落とした。
王につき従っていたタムオッドが、政務においてほとんど王と同じ権限を持って、仕事していたことが頭をよぎり、不安を呼び覚ます。
「そうでもないだろ? そもそも今回の参加は三十歳までって制限されていたんだし。経験があるのがいいなら、もっと違う試験になったんじゃないか? ……ってこの話、前に、ロードナイト、おまえがいったんじゃないか!」
「そんなこといったか?」
「そうだよ。『在位三十数年のマナハルトの最高役職者と、今比べられても無理じゃないか?』って――」
「覚えがないな」
「おまえねぇ……」
カルセドニーは秀麗な顔を思いっきり嫌そうな顔に歪めて、艶やかな黒髪を掻き乱した。その表情豊かな顔に、ロードナイトが咽喉だけでくすりと笑いを零してしまう。すると、今度は、カルセドニーは頭を抱え込むように呻き声をあげて、ばたりとソファーに倒れこんだ。
「うぅ、どうなんだろうなぁ……あんな説明じゃ実際には何を聞かれるかわかんないし、陛下と話をするなんて、緊張するなぁ」
「この間もそんなことを言っていたが、陛下はそんなに、滅多に人と話をしないのか?」
「そうだなぁ……。聞いた話だと、妃殿下が亡くなられる前はそうでもなかったらしいけど。なんたって後継ぎが王女殿下一人だというんで、揉めたことがあったから……」
「ああ……十二年前の王位継承順位騒動のことか? マナハルトには過去に何人も女王が出ているのに、確か、男の王を立てるべきだとか言い出した貴族がいたとか……」
ロードナイトは得意の歴史を思い浮かべて、過去の王たちの名前を頭の中になぞる。
「スキルトニアとか……他国の文化に感化されている貴族だろ。いまも女王は対外的に問題が起きるから、ダメだという声は少なくない……殿下が政治の表舞台に立つなら、またそんな声が大きくなるかもな」
「周辺の国は女王を認めない国が多いせいだろう。十二年前の騒動のときは、それで陛下にも新しい后を立てようと、派閥争いが起きたんだったか?」
こればっかりは、そのとき王都にいなかったロードナイトにはわからない。窺うように問いかけてみる。
目の前の青年だって、そのころにはまだ仕官していなかっただろうけれど、さすがに王都住まいの貴族にとっては、よく知る話らしい。苦い記憶を吐き出すように、眉根を寄せて重々しく口を開いた。
「……王都の貴族たちはあのころ、ずいぶんと険悪だった。殿下をかばってと言うより……陛下ご自身、亡き妃殿下を寵愛されていたから、新しい王妃をと望む貴族とはぎくしゃくとして、心労がたたって倒れてしまわれたんだ。それ以降、直接会われる身分を厳しく制限したらしい」
「王位継承権第一位がウェラディア姫、次が確か、王の従兄弟の子供にあたるユーレガー将軍だから……近縁の者は本当に早々にいなくなってしまったんだな」
マナハルト国はマナハルトの天領とそれを取り仕切る王都貴族たちと、天領をぐるりとめぐる領地にそれぞれの領主をいただく地方領主と地方貴族から成る。
マナハルト王家は傍系も含めれば、様々な家があるけれど、ロードナイトの知る限り、直系の家筋は今にも絶えそうなほど細くなっているようだった。
「そうだよなぁ……。陛下は長い間、後継ぎに恵まれなくて、歳がいってから生まれたのがウェラディア様お一人。殿下はみそっかす姫などといわれているけど……それだって、本当のところはわからないだろう?」
「……つまり、それまでずっとユーレガー将軍を後継ぎと思って、強いパイプを築いてきたものにしてみれば、ウェラディア様の存在そのものが邪魔だと?」
「そういうこと。大体、陛下ももう若くない。今回のタムオッド卿の退位とともに自身は現場から退いて、後継者の後ろ盾の形で、次代の王を育てる立場を取られるのではないかという噂だってあるくらいだ」
「つまり、今回の黒の騎士選出大祭の結果如何によっては、貴族たちはどの派閥につくのか動向を決めなくてはいけない……」
「そういうことだ」
カルセドニーが話す“貴族たち”には、自分自身も入っているはずなのに、黒髪の若き男爵は、まるで他人ごとのように、ゆったりとソファーに身を沈めている。
こういうところが、ロードナイトにはよくわからない。
本当に関係がないと思っているのか、関係がある素振りを見せれば、何かよくないことに巻き込まれるとでも思っているのか――。
王とその一人娘であるみそっかす姫。
現在の漆黒の騎士タムオッド。
それに王都の貴族たちの間には、ロードナイトが考えていた以上にさまざまな思惑が横たわっているようだった。
つまり、この選考大祭にも、さまざまな思惑が絡んでいるに違いない。
文試で一位を取ったと知れた途端、さまざまな貴族や令嬢たちが近寄って来たのも、おそらく新しく城の高官につけそうな人物と繋がりを持って、保身を図りたいという意志が働いていたのだろう。
ロードナイトはそんなことを考えて、ふと、気になっていたことを思い出した。
「これまで何もいわれなかったから、もう問題がないと思っていたけど……」
「ああ? 突然、なんだ?」
「もしかして面接となると、推薦者との関係を聞かれたりとかしないか?」
ロードナイトの言葉に、カルセドニーは大きく目を瞠り、すぐに深刻な面持ちに変わる。
「そう……かもな……」
「推薦者を詮索しないようにといわれて、そのままでいたけれど、面接で何か変なことをいえば、推薦状の効力を疑われて、失格になったりしないだろうか?」
「今さら、それはないだろ? おかしいと思ったとしても、まずは推薦者に確認するだろうし」
「そうだといいけどな」
「……問題ないさ」
言葉の上ではそういうものの、カルセドニーにしても、問題がないわけないと思っているのが、動揺にありありと表れていた。
調整は後ですればいいと思い
ひとまずUP。
面接話、続きます~。




