1~伝説の騎士を選ぶ祭り
どうして、こんなことになったんだろう。
鋭い打ち込みを、握りしめた木刀でどうにか受け止め、何とか体勢を立て直す。
いま、ウェラディアは途方に暮れていた。
「その非力さのどこが、お遊びじゃないって言うんだ?」
からかうような声に余裕を滲ませて、木刀を引かれた――その次の瞬間に、再び剣戟が始まる。
強く打ち込まれた小手が、防具を通しても痛い。
明日になったら、痣だらけで動けないだろうな――そう思いながらも、対峙した男の確かな腕に半ば感心させられていた。奇襲するにしても、ウェラディアの腕ではまるで隙が見えない。
素人に近いウェラディアでもわかる。かなりの実力の持ち主だ。
どん、と土の上にしりもちをついたところで、鼻先に木刀を突き付けられる。
「参ったと言って、いますぐ降参しろ。そうすれば、許してやってもいい」
脅すように言われたところで、降参なんて絶対にする気はなかった。
ついさっきのこと。
城の鍛錬場にごったがえす参加者に紛れていると、大柄な男にぶつかった。
「見学者は外に出ていろ!」
と邪魔者扱いされたところで、、むっとしてしまった。
そこで言い返したのがよくなかったのだろうか。
「ふざけるな、誰が見学者だ! 俺だって参加者なんだからな!」
反射的に、それでも低い声を意識して叫び返す。すると、目の前にいた背も体もひとまわり以上違う青年が、じろりと蔑むような視線でウェラディアを見下ろした。
「参加者、だと? その細い体で!? ふざけるな、漆黒の騎士を馬鹿にしてるのか!!」
難癖つけられたに等しい言い分だったけれど、そのまま打ち込みを始められてしまっては、売られた喧嘩を買うしかない。
圧倒的な力の差の前に、ウェラディアは防戦一方にさせられた。
「やっぱり見学者でしたといって止めた方が身のためだぞ?」
冗談じゃない、誰がそんなこと言うか!
そうなれば、選考大祭に参加する前に、資格を放棄したも同然。
きっと睨み返したところで、意図を悟ったらしい男に打ち込まれて、身を翻したものの肩に打撃を受けた。
立ち上がってせめて、木刀で受けなくちゃ……。
どうにか体制を立て直そうと足掻く――それが、相手にとっての最高の好機だったらしい。ウェラディアの細い胴に向かって、弧を描いてくる木刀が、やけにはっきりとゆっくり近づいてくるように見える。
やられる。
目を瞑ることもできずに、負けを悟った。
なのに。
ぐっと、体ごと突き飛ばされて、かんっとやけに甲高い音が響き渡る。
ウェラディアと対峙していた男の木刀が空高く跳ね上がる。
何が起こったんだろう。
唖然としたまま、くるくると空中に弧を描いた木刀が、からんからんと乾いた音を立てて固く踏み固められた地面に落ちて来るまで、ウェラディアは身じろぎひとつできなかった。
「おまえがやってることは、単なる弱い者虐めに過ぎない。いくら腕が立っても、そんな性根の曲がった漆黒の騎士なんて、俺はいやだな。城に仕官したとしても、絶対に仕える気にならない」
へたりこんだウェラディアをかばうように背を向けて立つ影。
身に纏う長上着の裾が風に翻る――そのはためきに、瞼の奥で、僕然とした影の残像がよみがえる。
マナハルトの紋章旗。
尖塔の上に掲げられ、風に翻る真白と漆黒の剣が交わる意匠が――目蓋の奥にはためく。
瞬間、何故か、賢王と双の紋章騎士の肖像画が瞼の裏をかすめて、光のカーテンが斜めに差し込んで美しかった風景と共に、祝福の歌が聞こえたような気がした。
何故――。
突然、お伽噺の物語のなかに入りこんだような錯覚を覚えて、ウェラディアは茫然と自分を守る背中を見つめることしかできなかった。
† † †
事の起こりは数刻前にさかのぼる。
「うっわ、何これ、すっごいたくさん人がいる!」
ウェラディアは大きな青い瞳を瞠り、唖然と拙い感想を叫んでしまう。
髪を短くし、若い従騎士に見せかけた格好で朝一番に登録へ出向いたところ、城門がひらく開刻には、すでに長い列が、城門から王都の街まで下る九十九折りの道のずいぶん先までできていた。
「これがみんな、漆黒の騎士選考大祭に参加する人なのかしら……っとと、なるんだな」
いけない。
ひとりごとのときも、男の言葉で話さなくちゃ。
うっかり甲高い声音も出さないように注意していないと、いくら従騎士の格好していても、怪しまれるかもしれない。
気をつけよう――肩をすくめながら、列の後方へと歩き出す。
「俺なんか開前一刻から並んでるのに……まだ順番にならないんだよ。早く腕試ししたいっていうのに」
「でもタムオッドも在位が永かったからなぁ……新しい漆黒の騎士の教育係として、城に残るって話だが、どうなんだろう」
延々と続く列を追いかけながら、人々が興味津々にこの大祭の話をしているのが、少しばかりくすぐったい。
ウェラディアはひそやかにその愛らしい相好を綻ばせた。
王直属の部下である漆黒の騎士への関心の高さは、国への関心でもあり、王への思慕でもあり、それ以上でもある。
何度か祖母から聞かされた言葉を思い浮かべ、その想いを実際に目の当たりにすると、ウェラディアは改めて父王を誇らしく思い、漆黒の騎士に焦がれてしまう。
マナハルトにおける漆黒の騎士の人気の高さは、ウェラディアもよく知っていたけれど、こんなにたくさんの人々が、漆黒の騎士になりたいとやってくるなんて、正直思ってもみなかったのだ。
丘を駆け上ってくる風は、春の匂いを乗せて吹き抜ける。
頬をくすぐっていく気配が心地よくて、口元が緩む。
登録を待つ列の最後尾でそっと遠くを見渡せば、王都と王都を取り囲むように蛇行する大河が遠くに見えて、その壮大さに胸が空く思いがする。
なのに、遠くまで広がる豊かな国土を見ると、ウェラディアは気分がよくなるのと同時に、一抹の不安を覚えた。
王都クルムバートレインはその名が示す通り、大レイン川のほとり――大レイン川と呼ばれる大河と、その支流に挟まれた場所に開かれた。
交通の要所と豊かな土地の二つの側面を併せ持って、近年特に繁栄著しい。
その王都の上に聳える城は、小高い丘で、いくつもの尖塔を空に突き刺して、広く四方を睥睨している。
自分に、その主が本当につとまるのだろうか。
あるいは、父王はそのの重責をウェラディアに負わせられないと考えているのではないだろうか。
物思いに耽りながら、癖のように長い金髪を掻き上げようとして、指先が空を泳いだ。
「そういえば、切っちゃったんだった」
手持ち無沙汰になった手で所在なく、後れ毛を結び目の中に折り込むと、崖の下から吹き上がってきた風に、短くなった髪が揺れる。すると、何故か短くなった髪と共に肩の荷が少し軽くなった気がして、ウェラディアは苦い笑いを浮かべた。
気弱になって、どうするの。
頬を両手でパン、とはたいて気合いを入れると、後ろに並ぶ人がびっくりして目を瞠る。
「あ、ちょっと自分で自分を叱咤激励しただけですんで、お気になさらずに」
そういってまた長い並びの前方へと目を向けた。
かつてこの国にあったという魔法や奇跡というのは、いったいどんなものだったのだろう。
何度も自分の心を支えてくれた賢王とその双の紋章騎士の肖像画のことを思い浮かべ、いまとなってはもうどこにもない奇跡について思いを馳せる。
王の傍らで真白の騎士が守り、漆黒の騎士が討つ。
マナハルト王のそばに双の紋章騎士が並び立つ。
そのとき、いかなる敵もマナハルトを破るにあたわず。
伝説の如く、そう謳われる二人の騎士。
けれどもいつのころからか、真白の騎士は廃位となり、いまとなっては漆黒の騎士しか存在しない。その伝説の名残り――ノイテナイトと称号される漆黒の騎士について語るとき、誰もが皆、過去の漆黒の騎士と重ね合わせて、現在の漆黒の騎士を見る。
現在その位に就いているタムオッドが年齢を理由に退任することとなり、新しい漆黒の騎士を選ぶため、漆黒の騎士選考大祭が開かれることとなった。
伝説の体現――憧れの存在でもある漆黒の騎士が変わると言うのは、マナハルト国にとっても、国民にとっても重大関心事だ。ウェラディアが一般に公布されるよりも前にその話を知ったのは、父親である現マナハルト国王からいただいた手紙からだった。
いったいこれは、どういう意味だろう。
手紙を前にして、ウェラディアは突然父親が手紙をよこしてきたその真意を推し量るように、指先を唇にあてて考え込む。
手紙に書かれていたのは、要約すると概ね次の二つのことになる。
ひとつが漆黒の騎士選考大祭を開くこと。
そしてもうひとつが、もしウェラディアが推薦したい騎士がいるなら、推薦状を書いてもよいということ。
さらには推薦状のための書式の紙が、わざわざ同封されていた。
王都から少し離れた母方の領地で過ごしていたウェラディアに、個人的に知り合いになるような騎士がいるわけがない。
母が有力貴族の娘だったなら、おそらく一族の中から有望な若者を送り出したのだろうけれど、母方の家は一応貴族の末端に名を連ねていたものの、大規模な一族とはいえず、漆黒の騎士として王の補佐をするような者は、少なくともウェラディアの知るかぎりいないはずだった。
この一文はもしや、推薦状を書くような騎士の知り合いのひとりもいないウェラディアは、王位継承者としてふさわしくないと明らかにするために書かれているのではないだろうか。
それとも、単に王女として持っている権利を伝えてきたというだけだろうか。
このところ、年に数回しか顔を合わせない父親の意図を測りかねて、ウェラディアはため息をついた。
なんと言っても漆黒の騎士だ。
一代限りとはいえ、爵位を覗けば、国で一番権威のある位なのだ。
王直属の、第一の部下としての権威はもちろんのこと、過去の漆黒の騎士の活躍を謳った英雄譚は無数にあるから、現在の漆黒の騎士を民衆が目の当たりにするとき、どこかしら、過去の漆黒の騎士を重ね合わせて見てしまう。
何度も国の苦難を救い、王を救った伝説の騎士がいまもそこに存在する。
漆黒の騎士に寄せるマナハルト国民の信頼は、絶対にして不可侵なまでに大きい。
自分自身のその信頼を担えるような剣士の知り合いなんて、ほんのかすかにも思い当たらない。
ウェラディア自身、少しばかり伝説の漆黒の騎士に対する憧れが強すぎるのかもしれないけれど、やはり、漆黒の騎士と聞いて、このひとなら――と思えるような剣士でないと、推薦する気になれなかった。
推薦状を書いてもよいというこの権利を、ふいにする気はない。
けれども、漆黒の騎士に推薦できる知り合いなんていない。
その二つの狭間に揺れるまま、ウェラディアは祖母の家を後にして、王都に出向くことにした。
顔を知られないままでも出入りができるようにと、城の出入りを許可する王のお墨付きと、紋章入りの指輪を持って。
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【次回予告】
第一章-2 白皙の貴公子と黒髪の色男に守られて




