4~おじさまの甘やかな罠-2
ウェラディアの反応がいかにも思惑通りだったのだろう。
いつも艶めいた色男にしか見えない相貌に、ユーレガーは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「君の意見もね、ちゃんと聴いておこうと思って」
にっこりと、笑う顔は素敵だ。
垂れている眦を、更にさげて、わずかに首を傾げられる仕種は、年齢からは想像出来ないほど愛嬌があり、それでいて心臓を鷲掴みにしてしまうような魅力が漂う。
きっとどんな人妻だって、誑しこめるに違いない――。
ついそんなこと考えてしまうけれど、誘惑されてみたところで、簡単に答えを返せるわけもない。
『王女の立場で意見を話すということは、自分の言動に責任を持つということです』
いつだったか聞かされた祖母の教えが、耳元によみがえる。
どうしよう――何を話せばいいの。
ユーレガーはもちろん、タムオッドも見ている。
さらには父王から向けられる視線が、痛いほど突き刺さる。
背中からどっと汗が噴き出るような感覚に、くらりと眩暈を起こして倒れてしまいそうだった。
「……わ、わたくし……は……」
吐きでた声は、完全に掠れていた。
そんなことにさえ、また緊張を呼び起こして、唇がいまにも戦慄く気配を感じてしまう。
助けて。
心の中だけで呟くと、ロードナイトとカルセドニーの顔が浮かんだ。
あのふたりなら、こんなときなんていう?
お伽噺はもう歌わないと言っていたカルセドニー。
自分の願いを叶えたいなら、自分のことだけを考えろと厳しく叱咤してくれたロードナイト。
あるいは知識に造詣が深いオルタなら……どうだろう。
何が漆黒の騎士に求められているのか。
『だってタムオッドさまは文武両道に秀でていらっしゃいますものね~』
のんびりした言葉が頭の中に再現され、ウェラディアはタムオッドに目を向けた。
そうだ。
これは、ウェラディアの妄想の中の騎士を選ぶのではなく、現実に政務を行うマナハルト国の高官を選ぶということなのだ。
「……ものすごく問題がある……いえ、面接をして……この人は、漆黒の騎士としてふさわしくないと、ここにいる誰かが思うなら……その人は――もうここで、落とした方が……いいのでは?」
「え?」
震えるような声で吐き出した言葉に、意外そうな声をあげたのはタムオッドだった。
父王はさっきから、何か問いかけるような、それでいて咎めてくるような視線を向けてくるだけで、何も声をかけてはくれていない。それをどう思っていいのかわからないまま、ウェラディアはぎゅっと拳を強く握り締める。
話を切り出した張本人――ユーレガーはいかにも面白いことになったといわんばかりに、瞳を煌めかせ、腕を組んで、傲慢に顎を聳やかした。
「それはまた極端な……理由を聞こうか?」
挑戦的な言葉に、ウェラディアはごくりと生唾を嚥下して、乾ききった唇を開くしかない。
試されている。
そのことをひしひしと肌に感じながら。
「……だ、だって、ここまで勝ち上がる実力ある人なら、シードにしようとしまいと、誰もが優勝するだけの実力思ってるかもしれないでしょう? だから、面接するときは、十六名全員、誰が優勝したとしても漆黒の騎士として相応しいかどうかを見極めて、その資質がない人は……そのまま落とすべきじゃないかしら」
「なるほど。それは一理あるな。ではウェラディア、君はその資質をなんとする?」
なんとする――ようやく吐き出した答えに、再び問いを返され、ウェラディアは泣きそうになった。ぐっと唇を引き結び、指でくっきり皺はつくぐらい、スカートの襞を握りしめる。
気を落ち着かせなくては。
意識的に、息を吐いて、また吸い込んだところで、蒼穹の瞳を、現在の漆黒の騎士にちらりと向けた。
「タ、タムオッドは……交渉ごともするから、最低限の法律の知識は持っていて欲しいけれど、そういったことは、最悪、他の人でも代わることができるわね?」
「確かに、そうかもしれないな。もちろんできるに越したことはないけれど」
「でも――もしこの国に何かあれば、有事の際、漆黒の騎士はおじさまよりも上に立って、軍の指揮をとるわけですから……この人が、一軍の将になっても従えないと思わせるような人だと……困ります」
「なるほど……戦術理論はともかく、人の上に立つ資質か――確かに、必要とされるかもしれないが、これはまた、簡単には探りにくい資質を持ち出して来たな」
「う……でも、文試や武術実技では計れないことを知りたいから、わざわざ手間暇かけて、面接をするのでしょう?」
ウェラディアは、負け犬が吠え立てる心地で、ユーレガーを上目遣いに見上げた。
まだ、何か聞かれるのかしら。
次こそ答えられないかもしれない。
内心を冷汗にまみれさせながら、ユーレガーの甘やかな相貌が、その唇が次の言葉を吐き出すのを待っていた。
けれども次の瞬間、鼠を追い詰めるような獰猛な笑顔が、片眉を跳ね上げ、一転して、鋭さを潜めさせた。
空気が変わった――そう思い、詰めていた息を吐き出したところで、
「いや、これは確かに、殿下のおっしゃる通りかもれませんな……どういたします、陛下?」
「え……ああ、うむ。そうだな」
タムオッドから議論の水を向けられたというのに、父王は難しい顔をして、そのまま黙り込んだ。
ダメ……私の答え、間違っていた?
別に褒め言葉を期待していたわけではないけれど、難しい顔をして考え込まれると、もしかして答えてはいけなかったのだろうかと不安になってしまう。
どうして、お父さまは何も言ってくれないんだろう――。
本当は、私なんて、王位継承者としてふさわしくないと思っておられるんじゃないだろうか。
深い沈黙は、心の奥底から、昏い囁きを呼び覚ます。
もしそうだとしても、私は――。
「もし武術実技で漆黒の騎士が決まってから、この男には任せられないから、次点の優勝者を漆黒の騎士とするなんて言っても、その場で見ていた人は絶対納得しないでしょうから、確かに軍の最高司令官としてふさわしくない者がいるなら――落としましょう」
いま将軍職についている身に、そっけなく言われると、端的な分だけ、むしろ冷酷な言葉に聞こえる。ウェラディアは胃の腑に重たい鉄の塊を落とされたような気がした。
「そうですな。試合の時には、闘技場は異様な空気に包まれますから……そこで勝ったものを優勝者にしないわけにはいかないでしょう。それなら殿下がおっしゃる通り、ここでその点をはっきりさせといた方が、そのものにとってもいいかもしれません。剣の腕が確かなら、欲しい部署もあるでしょうし……」
タムオッドの賛意に、王も重々しく頷きを返して、それで決まり。
ウェラディアの意見はあっさり採用されてしまった。
採用されてうれしい。うれしいかもしれないけど、でも。
ど、どうしよう。
私、私が決めたことで、誰かの――この十六人のうちの誰かの運命を変えてしまったかもしれない。
その重みを受け止めきれなくて、心が混乱してしまっていた。
お父さまは――どう思ったのかしら。
言葉少なな父王の髭を蓄えた顔を盗み見ると、一瞬、明るい茶色の瞳と視線がからんだ。
父王の瞳は何かもの問いたげな様子で、ちらりと瞳孔が揺らいだような気がしたけれど、それさえ気のせいかもしれない。すぐに視線を逸らされてしまい、よくわからなかった。
何かまずかったのかもしれないけど……もうどうしようもない。
心臓がどきどきと鼓動を速める音を聞きながら、ウェラディアは覚悟を決めた。
だって、おじさまもタムオッドも賛成したのですもの。
いまさら翻すことは出来ない。
薔薇のような唇を引き結んで、顔を上げると、菱形の格子が並ぶ窓から射しこむ光が目に入った。途端。
斜めに射しこむ光に想起されたのだろう。
まるで紗のカーテンを薄く幾千枚も重ねたかのように、天井から射しこむ光が降り注ぐ奥城の半地下の光景が、目蓋の中によみがえり、子どもの頃から何度も眺めていた肖像画が映った。
賢王――私、これでいいんです、よね?
記憶の中の肖像画は、もちろんなんの答えも返してくれないけれど、それでもやわらかい俤は、それでいいと背中を後押ししてくれたような気がした。
「では明日は、開刻半から始めるということで、参加者たちに通告を出しましょう」
タムオッドが慣れた風に事務的な会話を続け、呼び鈴を鳴らし、扉の外に控えていた従者にこれからのことを伝えると、執務室の中には散会の空気が漂う。
ウェラディアだけが、これでいいのか悪いのかわからないまま、茫然と、取り残された心地で椅子の上で放心していた。
できるだけ21-23時更新
頑張る。ぎりぎり。
この辺、うろうろもだもだしてる感じ……
続面接の話。




