3~おじさまの甘やかな罠-1
† † †
「遅い!!」
「も、申し訳ありません!」
扉が開いた途端、ウェラディアは手にしていた扇をびっと向け、開口一番に叫んでしまっていた。
入ってきた文官は、わけもわからず怒鳴られたというのに、扉のすぐそばで申し訳なさそうに体を縮めている。
「ウェラディア?」
唖然と問いかける父王の声に、ウェラディアははっと我に返った。
いけない。
ここは、王の執務室だった。
扇を腰の金鎖に下げ直し、こほんと白い手袋をはめた手で咳払いをする。
「いえ、父上……その。おじさまも退屈そうにしてらっしゃいましたし……わたくしもちょっと、気が急いていたみたいですわ。そのぅ……このままでは、晩餐の時間がとれそうにもありませんし……」
「あ、ああ。そうだな……夕刻までには書類を全て揃えるようにと言い渡してあったのだが」
「どうやらいくつか試合の時間が押していたようですから、仕方ないでしょう。ここにきて、剣士達の実力も伯仲しているはずですから、簡単に決着がつかなくなってるのでしょう――それでこそ、この大祭の意味があるわけですし」
「ユーレガーさまの言うとおりですな。いくら前哨戦で一定のレベル以下の剣術しか持たない者は足切りしたとはいえ、初めのほうの試合は、たまに可哀想になるくらい、実力差がある試合もありましたからなぁ」
その言葉を聞いて、ウェラディアはぎくりと肝を冷やした。
漆黒の騎士として、タムオッドが試合の会場に現れていたなら、きっと大きな騒ぎになっていたはず。なのに、大祭の参加者でもあったウェラディアが知らないということは、お忍びで試合を覗き見ていたのだろう。
大丈夫。いままでなんのお咎めもなかったのだから、もし万が一見られたとしても、多分ばれていない。
気を落ち着かせようと、深く息を吸い込んで、執務室のテーブルに書類が広げられるのを眺める。
「これが面接する十六人の参加者たちですか」
ユーレガーが緩慢な動きで書類を一枚手にとって、徒めいた垂れ目をどこか眠たそうに細めている。椅子にしどけなく座る姿は、どこぞの未亡人の家で朝を迎えましたとでも言わんばかりの気怠さが漂う。
おじさまってば、昨日の夜、またどなたかと夜遅くまで飲んでらしたのかしら。
そんなことを思いながら、ユーレガーが座る椅子の背に手をつき、書類を肩越しに覗き込んだ。
「あ……これ」
「お、これ、ウェラディアが推薦したという若者か。どれどれ、おお、本当だ。文試の得点がすごいな」
ロードナイトに関する調書だった。
さっとテーブルに視線を戻せば、置かれた書類の数は十六枚。
どうやら、一枚一枚に、参加者の登録番号、氏名、推薦者の名前と、これまでの成績が書かれているようだ。
法律、算術、言語、歴史――それに戦術理論。
ロードナイトの調書では、どれも百点満点中、九十点を越えている。
しかも、歴史なんて九八点だ。
ウェラディア自身、解いてみた試験なだけに、その得点の凄さがよくわかる。
実はウェラディアはこっそり手を回して、自分の得点がどのくらいだったのか調べてしまっていた。結果、歴史は六二点。それでも一応、平均点は越えていたらしい。
「こんなに文試の結果がいいとあっては、武官にするよりは、文官の方が向いているかもしれませんな」
タムオッドが、唸るようにユーレガーをはさんだ向こうから覗き込んでいた。
ロードナイトが、文官――。
ウェラディアは想像しようとして、首を傾げてしまう。
現在、マナハルト国と呼ばれる一帯は、千年より昔、いくつもの領地に分かれ、それぞれが自分の領地を治めていた。いつしか、統一の機運が高まり、最終的に、マナハルトが――建国王と諡されたマナハルト一世が戦乱の勝者となり、もともとあった領主たちを封じる形で、決着した。
その戦乱の時代は夢よりも遙か遠く、平和な時代が長く続いたとあって、いまは武官よりも優秀な文官を求める声が少なくない。
タムオッドが考えているのは、そういうことなのだろう。
頭の中で冷静に考えながらも、自分を助けてくれた背中を思い出すと、ロードナイトが文官になるという想像が、どうしてもできなかった。
たとえばさっき書類を届けてくれた文官にしたように、ウェラディアがロードナイトに怒鳴ったところで、竦みあがるところなんて、思いつかない。きっとすさまじい勢いで、睨み返される。穏やかそうでいて鋭い眼光は、どう考えても文官のものじゃないような気がした。
それに――。
ロードナイトの腕に腕を絡めたとき、固く引き締まった筋肉に触れてわかった。
どんなに文試の結果がよくても、どんなにやさしげな風貌をしていても、あれは剣士として鍛えているものの体に違いない。文官を勧めても、ロードナイトは絶対首を縦に振らないだろう。
じゃあ、十六人のうち、他の者なら違うのかといわれれば、ウェラディアにはもっとわからない。
「あ、そういえば、カル! カルセドニーは……」
ウェラディアは唐突に思い出して、机の上に広げられた参加者の調書を漁った。
「あった……やっぱり、ちゃんと勝ち上がってたんだ」
カルセドニー・ランスフォート・アルトベルガー――見慣れた名前が書かれた調書を引き当てて、安堵の息を漏らす。
昨日の夜、ベスト十六に勝ち上がって来た参加者の面接をするときには、王位継承者のひとりとして、その選考に参加するようにと言い渡され、今日は終日、ウェラディアはデュライ変装することができなかった。
だから、ロードナイトやカルセドニーはちゃんと勝ち上残ったのかどうか、すぐ目の前で試合を見ていることができなかった。
午前中は引きとめられてオルタに、また美容方面の磨きをかけられ、午後からは、父王とユーレガー、そして現在の漆黒の騎士タムオッドとの今後の選考大祭の打合せ。
その間、試合が終わるたびに誰かが試合の結果を報告してくれるということもなく、一日中やきもきしながら、いまかいまかと、ベスト十六に残った参加者のリストがやってくるのを、待っていたのだ。だから、待ちに待った足音が近づいて来たときには、開口一番、苛立ち混じりに叫んでしまったのだ。
けれども。
あのふたりは大丈夫だったのだろうか――。
そんなことを考えるのは、ウェラディアの杞憂に過ぎなかった。
ロードナイトのカルセドニーも、ちゃんと勝ち上がっていた。
ふたりの詳細が書かれた書類に交互に視線を落として、確かめるように見慣れた名前を目で追っては、ウェラディアは口角を緩めてしまう。
明らかに喜色満面のウェラディアを、いつから窺っていたのだろう。
気がつくと、さっきまであくびを噛み殺していたはずのユーレガーが、ウェラディアの背後に立って、手にする書類を覗き込んでいた。
「カルセドニー? おお、このものなら知っているぞ。中々面白い剣の腕を持っていると聞いて、配属でもめたことがあったな、タムオッド」
「そんなこともありました。確か、アルトベルガーはキディン・ヒストクラーフと軍への入隊が同期だったはず――どういうわけか、腕の立つ者が豊作だった代で――中でも、キディン・ヒストクラーフとアルトベルガーはくじ引きして所属を決めたぐらいで」
「そうだ、そんなことがあったなぁ……うちは私がくじで負けたからって、砦に戻ってから、ひどいブーイングを受けたんだよ」
将軍職にある壮年の縁戚は、甘い相貌を歪めて、いまも非難を浴びているかのような渋面を作った。
その顔が、まるで子どもが自分で悪事を働いて母親に怒られたときに、仕方なく謝るときのような、本当は謝りたくないのに謝ってみました。そう言わんばかりの恨みがましい表情に見えて、ウェラディアは目を瞠る。少なくとも軍を束ねるものの顔には、見えない。可笑しい。あまりにも魅力的な戯け顔すぎる。ウェラディアは、堪えきれずに、くすり、と喉を震わせてしまっていた。
可笑しい。
あまりにも魅力的な戯け顔すぎる。ウェラディアは、堪えきれずに、くすり、と喉を震わせてしまっていた。
「それにしても、殿下が、この男を知っているとは、意外ですなぁ。どこでアルトベルガーを知ったのでしょう?」
「え、いや……それは……」
言えない。
実は男装して、選考大祭に参加してましたなんて。
唐突に話を振られて、どこか助けを求めるように、ちらりとロードナイトの調書に視線を走らせる。
何か、別の嘘でも話したほうがいいだろうか。
逡巡して、言葉に詰まっていると、
「どこでなんて、自分の推薦したものがベスト十六まで残っているんだから、その関係で話をすることでもあったのでしょう。ここまで少なくなってくると、参加者たちも有力な候補はみんな気にかけているようですから」
「そう! そうなの、ロードナイトがカルセドニーと話していて……」
あまりにも都合のいい助け舟だったけれど、構わずに乗ってしまっていた。
あとで何か突っ込まれるかもしれない。
ユーレガーはウェラディアにとって、数少ない親しい縁類だったけれど、決してひたすら甘やかしてくれるような関係でもなかった。
父王に何かあったときには、ウェラディアよりユーレガーのほうをこそ王として望む声が大きい。だというのに、むしろ、みそっかす姫と巷でいわれているウェラディアを、王位継承者としてもっとも強く推しているのは、ユーレガー本人なのだ。
だからなのだろうか。
年の離れた兄のようにもやさしくしてくれるのに、ときおり、王位継承者として鋭い自覚を促すような――答えに窮するような問いかけをしてくるときがあった。
このときもそう。
「ウェラディアはどう思う? 面接結果はどのように、結果に反映させるべきだろうか――文試のときのように、面接の際に印象がよかった参加者をシード扱いにして、有利にさせたほうがいいと思うか?」
「ええっ!?」
唐突に思ってもみなかった話を振られて、ウェラディアの思考は完全に固まった。
22時更新は無理でした_ノ乙(、ン、)
できるだけ頑張る。
次回も面接の話、続くよー。




