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みそっかす王女と二人の紋章騎士~男装の姫は麗しの騎士に口づける  作者: 藍杜雫
第七章 カルセドニーの疑惑、ロードナイトの戸惑い
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1~カルセドニーの疑惑

ウェラディアが賢王の肖像画の前で沈み込んでいるその頃。

奥城の入り口では、頑丈な石壁と閉じられた門を前に、押し問答が繰り広げられていた。


「だから、ほんの少し前にここを通った従騎士に用があるだけなんだって。別に奥城そのものに入りたいんじゃなくて」


「お帰りください、アルトベルガー卿。ここはあなたが入っていい場所ではありません。あなたが持つ権限で許可されているのは、内城でも、王都貴族の陳情受付まででしょう。このまま、不法侵入者として連行してもいいんですよ」


手にしている槍で道を塞ぎ、門番は無表情に落とされた訪問者を威嚇した。

さてどうしたものか――カルセドニーは口元を緩い微笑みに歪めて、真意を鋭い眼差しの奧に押し込める。


常緑樹を思わせる濃い緑の翠玉は、まるでそうすれば厚い石壁の向こうが見通せるとでも言わんばかりに、透徹した視線で奥城の城壁を見つめた。

マナハルトの城は幾重にも城壁に囲まれ、その身分によって立ち入りできる区画が明確に分かれている。


城門を入ってすぐ、外城の中庭は、一般解放の際には一般民衆でも簡単に入ることができる。


通常、王都市民の日常的な官公庁は街のなかにあって、一般庶民はよほどのことがない限り、城に来る用事がないから、祭りなど特別な行事での解放は、むしろ一般民衆に城というものを印象づける趣きでなされるものだった。


外城のなかには、国の行政を司る部署が入っており、そこまでは特別な身分を持つ人々――裁判長であったり、村長であったりといった、貴族でなくても何らかの役職につくものが陳情に訪れる。


そのさらに内がわ、内城と呼ばれる部分には貴族向けの部署はが収められているから、王都の貴族であるカルセドニーの場合、この内城まではしょっちゅう訪れていた。


だから試合に負けたらしいデュライが、外城を抜けて内城に至るのを遠目に見たときは、この内城で追いつけるはず――そんな目算があった。


なんといっても、自分が推薦された分とはほかに、推薦状を余分に持ち合わせているような従騎士が、なんの身分も持たないという方が不自然だろう。

深く問いつめはしなかったけれど、着ている服の布地の質や振る舞いからも、おそらくは貴族に違いないと踏んでいた。


やはり、そうだったか。


確信に似た想いを抱いたまま、急いで追いかけたはずなのに、背が低い華奢な姿は、内城の中庭を囲む回廊にも、迷路のような廊下のどこにも見当たらない。


おかしい。

直感が告げるままに内城を抜けて、本来であれば滅多にやってこない奥城の入り口を認めたところで、見慣れた姿が門番に通されて扉の向こうへ消えるところを目にしてしまった。


まさか。

カルセドニーは一瞬だけ、怜悧な瞳を驚きに瞠る。


奥城は王都の貴族であっても、滅多に足を踏み入れることはない。

マナハルト四大貴族の家格でも領主以外の者が入るには、中の住人に招待されたとか、それなりの理由が必要になる。

ほかの区画とは異なり、密やかで閉ざされた場処。


この奥城の最奧こそ、マナハルト王家が住まう居城だった。


まさか――飄々とした風を装いながらも、それでも珍しくカルセドニーは動揺していた。

笑顔を浮かべる頬が、わずかに引き攣れる。


「まあまあ……権限超過なのは、承知しているって。ただ知り合いが意気消沈してふらふらしているのを放っておくのも薄情かなぁと思って追いかけて来ただけだったんだけど」


「承知しているなら、今すぐ引き返しください、アルトベルガー卿。それが貴公のためです」


「アルトベルガー卿?」

門番との押し問答を遮って、おっとりとした女性の声がひどく驚いたように問いかけてくる。

さっと振り向けば、眼鏡をかけ、黒髪をひっつめにした女性が茶色の瞳をまるく瞠ってカルセドニーの見つめ返していた。


誰だろう――。

見覚えのない顔に幾分警戒心を浮かべたために、珍しく口を開くのが一歩遅れた。


「まぁ、姫さまのおっしゃるとおり、本当に整った相貌をしておいでだわ!」


「は?」

いつになく、礼を失する言葉が漏れ、唖然と固まってしまう。


「陽の光にできた濃い影の黒髪に、黒豹のようなすらりとした肢体――なるほど、物語に出てきそうな麗しの騎士そのもの……これは、確かに」


目の前の女性――見なりからすると、貴人の家庭教師といった風情だ。ちらりと、そばに立つ門番を横目に見ると、その槍を持つ姿勢がやけにかしこまって見える。

吟遊詩を謳うときに、物語の英雄を讃えるような美辞麗句を浴びせかけられた気もするけれど、それ以上に、おそらく聞き捨てならない言葉を吐いた。

そこを突っ込んでいいものなのかどうか――。


「いま、“姫さま”とかおっしゃられた気がしますが……レディ? 初めてお会いしますよね?」


「まぁ……レディだなんて……もちろん、今回の選考大祭は、ウェラディア姫も大変注目しておりますもの。顔のいい、めぼしい方は心に留めておられますわ」


「顔――!? ……あ、いや、もしかしてウェラディア姫は、この選考大祭で公式行事に出られるということでよろしいのですか?」

妙なことを言われたような気がしたけれど、何かの間違いだろうと、カルセドニーは一瞬、唖然と碧玉の瞳を瞠りそうになったけれど、今度はあえて流すことにした。


「まぁ……あらあら……アルトベルガー卿は、なかなか楽しい方ですわね」

おかしい。話が噛み合ってないような……。

内心に苦笑いを浮かべながら、カルセドニーは家庭教師のような風情の女性をじっと見つめた。


悟られたくないことを、話題にしたか。

ふ、と口元を綻ばせて、女性の手を取り、貴婦人にするように甲に恭しく口付ける。


「失礼、レディ。困らせるようなことを言うつもりはなかったので、これで許していただけますか?」


「あ、あらまぁ……どうしましょう……」

眼鏡をかけた顔に戸惑いを浮かべているけれど、頬は赤らみ、茶の大きな瞳は潤んでいる。


「こんなことが知れたら、怒られてしまいますわね……アルトベルガー卿、きっとまたお会いすることがあるかと思いますから、そのときまでで、いま見聞きしたことはご内密に願えますわ」


「もちろん、レディの頼みとあれば、断れますまい」

鋭い瞳をいつになくやわらげて笑むと、大抵の女性は同じように微笑みを返してくれる。

このときももちろん。

頬を赤らめた細面の顔が、にっこりと口元に弧を描く。


「では、アルトベルガー卿。またの機会にお会いできることを祈っておりますわ」

 

半端なところですみません~。

閑話休題カルセドニーver.だったり。

明日は21時頃更新の予定です。


【次回予告】

第七章-2 オルタの考察

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