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みそっかす王女と二人の紋章騎士~男装の姫は麗しの騎士に口づける  作者: 藍杜雫
第六章 賭け屋(ブツクメーカー)の瓦版に王女は悲鳴と共に踊らされ
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2~みそっかす姫の憂鬱

カラン、と甲高い音を立てて、木刀が手から落ちる。


瞬間、相手の名前が高らかに読み上げられ、ウェラディアは自分の敗北を悟った。

漆黒の騎士選考大祭が始まって武術実技における勝ち抜き戦に入り、二日目。

二回勝ち上がり、三回戦まで来たものの、そこで敗退。


「あ~あ……やっぱり、この程度の腕か」

ウェラディアは文試十位以内の特典がない上、くじ運での幸運に恵まれなかった。

勝ち抜き戦でシードとなれず、戦う回数が多い組合わせに当たっていたから、決勝に行くまでに、九回勝たなければならない。ちなみに特典があるロードナイトは七回勝てばいい計算となるらしい。


もちろんそこまで行くことを期待していたわけではないし、この三回戦を勝ったとしても、まだ二百人以内にも入ってない。

そもそも、さすがに三回戦まで来ると、剣術の格段にレベルが違う。あるいは、二回勝ったことさえ、たまたま相手がよかったということなのだろう。


それでも、やっぱり悔しい。

中庭の隅に腰かけて、膝の上に頬杖をつく。


勉強も中途半端、武術も並以下。

顔だって可愛いとはいわれることはあるけれど、絶世の美人と言うわけでもない。

王女という立場を考えれば、褒め言葉はすべて社交辞令という可能性も否めない。

現在の漆黒の騎士、タムオッドのような交渉術も、父王のように人を掌握するカリスマがあるわけでもない。


みそっかす姫とは、よくいったものだわ。


じわり、と目の前の光景が霞む。

集まってざわめく人々の輪郭が滲んで遠離る。


なのに、そのぼやけた視界の中で、よく晴れた空を背に、今日も二振りの剣が交わる紋章旗は、闘う人々を鼓舞するかのようにはためいている。


賢王――私、負けてしまいました。

ウェラディアは涙の膜を張った蒼穹を映す瞳を、悔しさに眇める。


何故だろう。

本当の剣士ではない自分が勝ち進んでも、それはそれでマナハルトの剣士のレベルが低いのかと思ったかもしれないけれど、自分に特別な取り柄がないと思い知らされるのも、やっぱり虚しい。


こんなことなら、せめてロードナイトには、もっと早く告げておけばよかった。

何とも名づけがたい後悔が、胸の中に沸き起こる。


自分が王女なのだと――。

だから、自分の名誉のために勝って欲しいのだと。


端的に話しておけばよかった。

そうすれば、自分はただロードナイトの勝ちを高見の見物するだけの立場になれただろう。

隣に立って、手を叩きあって勝ちを喜び合う仲間ではなく――。


デュライ・ヴァーレルという従騎士としてふたりのそばにいられなくなることで、何故、こんなにも脅えた心地にさせられるのか。

王女である自分がすべきことは、自分の推薦で戦う騎士が勝ったことを一緒に喜ぶのではなく、むしろ、よくやりましたと褒め称えることなのではないか。


いまからでも、そうするべき――そんな声が、心の奥底から聞こえてくる。


中庭外に設えられた仮説試合場の周りは、参加者だけでなく、参加者の知り合いらしい人々から見学にやってきた王都の人々までさまざま集まって、ひどく騒々しい。


その中に、いまウェラディアはひとり。


部屋の中でひとりでいるときよりも、大勢の中でひとりでいるほうが、より強く孤独を感じるのは何故だろう。


こんなにたくさんの人と人が姦しく言葉をかわす場所では、敗者になっても慰めてくれる人のひとりもいない自分は、まるで誰にも顧みられない存在のような心地にさせられてしまう。


実際、そうなのかもしれない。

ウェラディアは、きゅっと固く唇を引き結んだ。おもむろに頬に零れ落ちた涙を拭うと、荷物を手に、ふらりと城の方へと歩いて行く。


「あれ、デュライ? おーい……」

遠くから、その背後に声をかけられたことなど、気づかないまま。


  †    †    †


千年王城と謳われるマナハルト王城は、いまなお繁栄するマナハルト国の象徴として、丘の上に威容を誇る。


幾度もの増築を経て、複雑な造りになった城は、外城、内城、奥城とそれぞれが城壁に仕切られて、身分や仕事、あるいは発行された許可証に拠り、入れる区域が異なっている。

ウェラディアが持っている通行証は、城のどの区域にも入ることができた。


これは、滅多に王城にいないウェラディアが、自分が来たいときにいつでも城に入ってもよいというもので、二年前――十五歳の誕生日に、父親から送られて来たものだった。

いつものように、中庭のある外城から内城へ入り、さらに狭き門である奥城の区域へ――王族とその従者しか入れない奥城の地下へと向かう。


何度もやってきた奥城の半地下は、いつもと変わらず、ひっそりとしていた。


重厚な石壁に覆われた場所は、けれども尖頭アーチでできた一段と高い天井と、天井に近い窓から降り注ぐ光のカーテンのせいで、押しつぶされそうな感覚は一切ない。むしろ、荘厳にして無限なる、どこまでも空間が続いているような広がりを感じさせる。


謳うように降り注ぐ光のカーテンをすり抜けて、双の紋章騎士を従える賢王の肖像画までやってくると、ウェラディアは肖像画を見あげたまま、石壁に手をついた。


「賢王、同じ歳に王位を継いだあなたは……私みたいに、何も取り柄がないと嘆くことは、なかったでしょうね……」

ため息をひとつついて、ずるずると床に沈んでいく。


肖像画の掛かる石壁を前に膝を抱えて座り込むと、このところ頻繁にやってきていたせいだろうか。床はそこだけ綺麗に掃き清められていた。


ロードナイトの試合は、何時からだっただろう。

膝に頬をつけて、ぼんやりと考える。

ロードナイトのここまでの成績は、充分ウェラディアに名誉をもたらしてくれた。


少なくとも、父親やタムオッドを始め、四大貴族とそれに近い人々は、文試一位を獲ったロードナイトを推薦しているのがウェラディアだと知っている。


「どうしようか……」

ウェラディアは、賢王とふたりの騎士の肖像画を見上げ、小さく呟いた。

子どもの頃から好きだった肖像画。

いつか自分にも、ずっとそばにいてくれる騎士が現れるのだと、信じることだけが心の支えだった。


なのに、いま本当に、ウェラディアを支えてくれる騎士が現れるかもしれないという段になって、迷ってしまう。


誰が漆黒の騎士になるにしても、もちろんそれは王女として、とてもうれしい。

新しい漆黒の騎士が決まることは、国にとっても、とても喜ばしいことに違いない。


けれどももし、ロードナイトやカルセドニーが漆黒の騎士に決まったとしたら……。


想像した瞬間、つきんと針で刺したような鋭い痛みが胸を突いた。

思わず、手を胸に当てて堪えるけれど、痛みは収まるどころか、胸覆いの下で喘ぐように押さえつけた胸が、苦し気に上下している。


この痛みは、自業自得だ。


嘘をついていた疚しさに苛まれて、ウェラディアの蒼穹の瞳は潤んだまま焦点を失った。

もしあのふたりのどちらかが漆黒の騎士になり、あるいは城仕えするようになったら、そしたら――。


自分が嘘を吐いていたことがばれてしまう。


どうしてこんなことになったのだろう。

ウェラディアは膝を抱えて、その中に涙に塗れた顔を埋めた。


こんなふうに、偽りの姿で出会うんじゃなくて、ちゃんと初めから王女として出会うべきだったんじゃないだろうか――そんな考えが頭をよぎる。

それにもし、どちらも漆黒の騎士にならなくても、ウェラディアには、ふたりを城に士官させるぐらいの権力は持っている。

その事実を明かさないで、終わっていいのだろうか。


心の中の振り子が、あちらへこちらへゆらゆらと揺れ動く。


もともと王都に住んでるカルセドニーはともかく、ロードナイトは、この大祭が終わり、士官の道が開けなければ、あるいは自分の郷里に返ってしまうのかもしれない。

もちろん、文試一位のロードナイトに士官の声がかからないということは、ありえない。

ありえないだろうけれど、士官したとしても必ずしも、王都勤務になるとは限らない。


すべて仮定の話だけれど――。


「いまからでも、話すべきなのかな」

そう考えた瞬間、文試の結果が発表されたときに、ちょっと含んだような物言いをしただけで、壁際に追い込まれて、身動きを封じられたことを思い出した。


『なんだかわからない理由で注目されても、気持ち悪いだけに決まってる。どうやら、少し痛い目にあいたいようだな?』

『顔が赤いが……熱でもあるのか?』


「……あれは、ダメだ……駄目に決まってる」

思い出した途端、頬が赤くなるのがわかった。


もう一度あんなことをされてしまったら、ダメだ。きっと今度こそウェラディアの心臓が壊れるに違いない。それでなくとも、ロードナイトはときどき、ものすごくきつい物言いをする。

あの絶対零度の冷たさで嘘をついたことを非難されたら――想像しただけで、簡単に心が折れてしまう。


「どうしよう……やっぱり、本当のことは告げられそうにない……」

試合を二回免除される特典を持つロードナイトは、四回勝てば、ベスト十六となって、王との面接の権利を得る。

そうなれば、父王はウェラディアが発効した推薦状について、何事か触れる可能性が高い。


おそらくロードナイトは勝ち上がる。

最初の試合を辛勝したという瓦版がどれだけ真実を伝えているのかわからないけれど、ウェラディアの知るロードナイトは、剣士としての腕は確かだ。それは間違いない。

つまり、何かの事情があって試合が長引いたのか、あの瓦版が論調の通り、文試上位者をこきおろすために、あえて事実と違うことを書いたのか、そのどちらかなのだろう。


それまでに、心を決めなければならない。

ウェラディアはいま一度、賢王とふたりの騎士の肖像画を見上げて、囁くような声で呟く。


「賢王――やっぱり王子様だけじゃなくて、私だけの騎士を夢見ることさえ、叶わない夢だったのでしょうか……」


私だけの騎士。

ずっと何があってもそばにいてくれる――。


ウェラディアは大粒の涙を零れ落ちそうに大きな瞳から流すと、奧城の際奧でひとり、膝を抱えてうずくまった。

 

基本的には毎日22時頃更新の予定です。


【次回予告】

第七章-1 カルセドニーの疑惑

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