第一話「ばばぁ」
趣味で書いてます。短期連載の予定です。
今日、俺は病気になった。
正確に言えば昨日からおかしくなった。
鏡には俺の姿は写らず、箸はフォークに変わる。
こんな事があるものか。でも今実際起きていることだ、それを認めなければならない。
ただひとつ心当たりがあるのは、先週俺は電車の中で老婆に席を譲ったのだ。老人ではなく老婆と表現しているのは彼女の姿がまさにその名にぴったりだったからである。席を譲った後俺はこんな事を言われた。
「君はこれからひとつの山を登ることになるだろうねぇ」
その時、俺にはその言葉の意味がさっぱり分からなかった。無論今でも意味が分からない。困ったものだ。
俺は昔から分からないものがあるという事が大嫌いなのだ。夜もぐっすり眠れなくなるし。
簡単に言えば、今回俺は老婆から夢の時間を奪われたことになる。大事な時間を返せばばぁ。
あぁ、やっぱり労るという行為はしないほうがいいのかもしれないな。労ったところで俺が得することは全く無いんだし。今回それがよく分かった。そういう意味ではありがたい、ばばぁ。サンクス。
こうして不親切男となった俺は近所の自治医大病院に行くことにした。朝ご飯を食べる。玄関を出る。
子供が転んで泣いている。でも何もしない。
近所の古風サラリーマンに道を聞かれた。やはり何も教えない。
救急車がまさに目の前を通ろうとしている。だが俺は信号を渡る。
ばあちゃん、俺不親切出来てるかな。ってアホか。
何をやっている、俺。やはり何かがおかしい。これも病気のせいだろうか。