第62話「戦慄の河川敷」
「紅葉くん! 紅葉くん!」
紅葉の頭に良く知る声が響き渡る。
重たい瞼を開けるとそこには、紅葉を覗き込むアンノウンが安堵の笑顔を露わにしていた。
「アンノウン……なぜここに? ……いや、お前無事だったのか!」
紅葉が勢い良く起き上がる。あまりの勢いに少し後退するアンノウン。
「大丈夫? まだ安静にしたほうがいいよ? 顔色もまだ悪いしー」
そう言って紅葉の顔を再び覗き込む。
そしてそのアンノウンの背後にアンダンテがいる事に今気づく紅葉。
「おはよう。体調はどうかしら?」
「俺は大丈夫ですけど。……ヘルはどうなったんですか? あと、ウィルフルたちは?」
紅葉のその問いに少し黙り込んでしまうアンダンテ。そして紅葉の目に視線を合わせると再び話し出した。
「……分からないわ。そして今、他人の心配など出来る状況でないの。隣街まで出張に出ていた先生たちからの通信も途絶えてしまっていることから、向こうでも同じ状況みたいなの。ただ不思議なのは、こちらの街へ攻撃を仕掛けているのは向こうの街が意図してしているものだとばかり思っていたのでけど……向こうも向こうで何者かから被害を受けているとなると、この攻撃が故意なのか勘違いしてしているのかが分からない。そして向こうの街を襲っているのは何者なのか」
考え込むアンダンテにアンノウンが話しかける。
「紅葉くんを攫おうとした人も気になります。それに紅葉くん、その人と接触してたよね? 大丈夫だった?」
途中で視線を紅葉に移し、質問する。
「あいつは……生き残る事が目的だと言っていた。そしてその生き残るべく仲間を集めている。あとウィルフルたちをこの戦争に必要な犠牲者だと言っていた……」
アンノウンはアンダンテへ再び視線を移して話し出した。
「やっぱりその人が重要参考人だと思います。先生、その人を追うように手配していただけませんか?」
「そうね……確かにそうなのだけど。私たちは生き残った数少ない人間で構成されている小規模な組織に過ぎないの。残念だけど、そこまで手が回らないと思うわ。それに参考人に該当する人物が多すぎて、一人を追うのはほぼ不可能よ」
「……そう……ですよね。あーうー」
落ち込むアンノウン。そんな様子のアンノウンに紅葉が話しかける。
「じゃあ俺たちでそいつを探すか? たぶんあいつはまた俺の前に姿を現すと思う。どう言う訳か、俺の事を仲間だと言っていたからな」
アンノウンが紅葉へ静かに頷く。
そこへアンダンテが口を挿む。
「でしたら先生も同行するわ。生徒たちをみすみす危険に晒す訳にはいかないですもの」
「だったら行動は早いに越した事はないな。あいつらと話した場所にまだ居るかも知れない。そこに案内するぜ」
「体調は大丈夫なの?」
アンノウンのその質問にアンダンテが答える
「どう言う訳か、治癒の能力を受け付けたみたいね。あなたは能力を無効化する能力だと聞いていたのだけど?」
「それも奴が言っていました。俺は世界に拒絶されているから効かないと。けど世界に馴染んでしまったからそれも無くなったしまったって」
「あらあら、本当に謎の多い人達ね。ではさっそく案内お願いしようかしら」
「あーうー。川が荒れ狂ってるねー」
「そうね、川も街もひどい有様ね」
遠くの方のビルが炎上しているのが辛うじて分かるほどの夕暮れ時、以前紅葉がレーテーと話した河川敷に生い茂る草を、紅葉、アンノウン、アンダンテの三人が踏み締める。
「確か、この辺に……」
そう言って紅葉は壊れた橋の下に、2人を導くように歩いて行く。
そこに一人の少女が座り込んでいた。
「まさか、こんな所で出会うとはねー。人間」
「お前は……モミジ!? 無事だったのか!」
「あぁ、無事さ。ただ……」
モミジはそこで一段落置くと、心剣を紅葉に向け、続けて話し出した。
「前見たいに仲良くは出来ないけどね。せっかくの同名の人間なのに残念だよ」
「どうして……なんでお前まで……変わってしまったんだ。どうなってんだよ! なんで俺らが戦わなければならないんだよ!」
「生き残る為にだよ! 私たちはお前たちから生き残る為の枠を奪い取らなければならない。だから人間、覚悟しておくれよ」
モミジの心剣が紅葉目掛けて振るわれる。紅葉は後ろへ転ぶように退避する事により、初撃を辛うじて避けるが、次に攻撃に対して完全に無防備になってしまう。
そこへアンダンテが間に入り、細いタクトでモミジの次の攻撃を受け流した。
しかしその背後では、モミジの妹であるカエデが紅葉を狙っており、アンノウンが紅葉の前に立ちそれを阻害する。
そんな中、モミジが対抗するアンダンテに言った。
「先生。退いてくれませんか? あなたには関係の無い事です」
「馬鹿言わないの。私は先生、生徒を守るのは私の勤めよ。それに引いた方が良いのはあなたたちですよ。分が悪い事は分かってますよね?」
「ちっ、やってられないねぇ。私だってあなたの生徒なのに」
モミジは再びアンダンテに剣を振るう。アンダンテはそれをまたもタクトで防ぐと、回し蹴りをモミジに当てて距離を置く。が、すぐに追い打ちを掛けるため、再び接近すると、モミジは飛び上がり、ただでさえ壊れている橋を拳で崩し、落石による攻撃を仕掛けた。
アンダンテはいち早く能力で風を起こすと、アンノウンと紅葉、ついでにカエデを橋の下から外へと吹き飛ばす。そして同時に脱出を試みるが間に合わず、橋の下敷きになってしまうアンダンテ。
その様子にモミジが嬉々としていると、橋が勢い良く吹き上がり、アンダンテが姿を現した。
「甘いですよ。私が先生をする前に何年この手の仕事についてきたことか。戦闘において生徒如きに出し抜かれては先生失格ですもの」
そう言ってモミジを睨みつけた。
しかし、その不意を突こうとカエデがアンダンテ目掛けて大剣を振るう。
「私の攻撃はかわせない!」
カエデがそう言い、剣が直撃する寸前、アンダンテが、その場を強く踏み込むと強烈な風が舞いおこり、橋の残骸を巻き上げる。そしてその空中に舞い上がっていく残骸に攻撃の手を邪魔され体制を崩すカエデ。
そのままアンダンテは手から衝撃波でも出すかのような構えを取ると、カエデを見えない何かで吹き飛ばし、荒れ狂う川へと落とす。
「やってくれるねぇ!」
モミジは棘だらけの鉄球を振り回しながらアンダンテ目掛けて再び駆け出す。
しかし、駆け出してすぐにモミジはその歩みを止めてしまう。
なぜなら胸部を、一本の剣が貫いたからだった。
「……え?」
「ごめんね」
モミジの背後からそう呟いたアンノウンがその剣を抜き、俯きながらゆっくりと後退する。
そして手に握る剣を心に帰すと、以前持っていた本型の心剣を出現させた。
「私は少しだけ先の未来を見る事が出来るの。だから君を生かす事は出来ない。でもあなたの力は無駄にしない」
モミジの心剣が薄くなっていく。やがてモミジ自身も消えかけて行くが、その表情に苦しみは無かった。
「ごめんね。ごめんね……」
そうしてモミジは消え去り、アンノウンの持つ空白の本に新たな紋章が書き加えられた。
うっすら光を放つその紋章は、まるでモミジを象徴するかのように棘だらけの鉄球だった。
「よくも……!」
川から這い上がってきたカエデがアンノウンに突撃する。
「よくもおおおおっっ!」
しかしアンノウンに衝突する寸前、アンノウンの目前に光り輝く半透明の壁が出現し、カエデを阻害する。
唐突に現れたその壁にぶつかり、バランスを崩すがなおも壁に張り付きアンノウンを睨みつけるカエデ。
アンノウンは壁越しにカエデを茫然と眺めると、手から迸る雷を出現させ、カエデに直撃させる。
そうして感電により、身動き取れなくなって倒れこむカエデの胸部に、さっきの剣を突き刺した。
「……」
無言のアンノウン。そうして姿を消していくカエデ。すると先程と同様、アンノウンの本にカエデを象徴するかのような紋章が現れる。
そしてアンノウンは姉妹が完全に姿を消した事を確認すると、黙って紅葉の元へ歩み寄っていく。
「これが私の本来の力。他人を消し去り、その者の力を我が力とする力。もう隠す必要は無い。だって私はこの先の未来を見てしまったから」
紅葉は何も答えれずに居ると、アンノウンが黙って紅葉の手を引きどこかへ連れて行こうとする。
そこでやっと言葉を発する紅葉。
「なんなんだよ。さすがに俺もどうしたら良いのか分からない。俺たちの目的はあの男を探す事だろ? どこに行くんだよ」
「その必要はないよ」
「その必要はない」
同時だった。アンノウンがそう言うと同時に、紅葉の探していた男、レーテーが姿を現したのだった。
「大切な友達は救えたかな? 高杉紅葉」
「てめぇ……!」
「その様子だと、残念な結果だったようだ。そして今居た姉妹をお前が殺す事によって私の予定通りに事が進むはずだったのだが……。どう言う訳か、いつもこのシーンで失敗してしまうのだよ」
レーテーはそこで一息付くと、続けて話し出した。
「そして今回にして初めて君の真の力を知る事が出来た。君が自ら、自らの力を語るケースは初めてだよ。ノウン」
アンノウンは俯いたまま返事をする。
「『あの娘の力はお前の力を遥かに凌駕する。お前では勝てん。故にわしが直々に出向いてやろう。レーテー、そこで見てるが良い』」
「なんだ?」
「レーテー。あなたの師であるイシュタルの言葉」
「ほう。だから何だと言うのだ」
「今に分かるよ」
アンノウンが、レーテー目掛けて駆け出す。
レーテーはそれを抑制しようと、心剣を振った。
しかしアンノウンはそれを簡単に避けると、さっきの剣をレーテーの胸部へを向け、さらに踏み出す。
レーテーはそれを回避しようと試みるが、どう言う訳か、避けれなかった。故に剣先がレーテーの胸部を貫こうとするその瞬間、唐突にレーテーが吹き飛ばされ、幸いにも剣の直撃を免れる。
「あの娘の力はお前の力を遥かに凌駕する。お前では勝てん。故にわしが直々に出向いてやろう。レーテー、そこで見てるが良い」
そうしてレーテーを吹き飛ばした張本人、そしてレーテーの師であるイシュタルが唐突に表れた闇の中から姿を現した。
以前、イシュタルを見た事のある紅葉は動揺し後退りする。そしてアンダンテは戦ってもいないその人物に対して、恐怖の表情を浮かべていた。
そんな中、レーテーが動揺を隠しきれず返事をする。
「……! は、はい。師匠……」
「ほう、これはこれは。随分と大層な能力を持っているようだ。レーテーよ。最初の生贄はあの青年にしようと言うたが、やはりやめだ。そこの娘こそ、我が計画の最初の生贄に相応しい」
アンノウンは一目散に駆け出した。イシュタルが現れた闇の中へと。あと数秒で消えてしまうその寸前で、闇の中へと潜り込んだ。
「無駄な足掻きを。わしはあの娘への元へ行く。お前は後始末を頼んだぞ」
イシュタルも再び闇へと姿を消す。
残されたレーテーは紅葉とアンダンテへ向けて言った。
「ようこそ、龍門機関へ。生き残るべき存在よ、歓迎するぞ」