第58話「最後の時」
「酒呑童子よ。これはどういう事だ」
「……知らない」
「貴様が安全だと言うからこの小娘を連れてきたと言うのに、この状況打開できるのだろうな」
「侮らないで。それにこの子はあなたが思ってるほど弱くない」
緊迫した様子で話す二人とその間に挟まれるように居る秋葉の周辺には、無数のアンドロイドが戦闘態勢をとっていた。
それどころかこの街を守る者であろう人間が存在し、アンドロイドを指揮している。
風景もさっきまでの森とは違い、例の近未来的な街へ逆戻りしていた。
「裏切られた? それとも何かの手違いか……」
酒呑童子がぼそっと漏らすように呟くと一体のアンドロイドが飛びかかってきた。
それを酒呑童子は蹴りでいとも簡単に粉砕すると、顎に手をやり考え込む。
「どちらにしてもあなた達には説明する必要があるわね」
「当然だ」
強くそう言うエグセント。
そうして、酒呑童子が「仕方ないわね」と口を開き始めた次の瞬間、さっきまで戦闘態勢をとっていたアンドロイドが一斉に飛び込んできた。完璧にタイミングを合
わせ、攻撃と言うよりは物量で押し込むように。
「なに!?」
思わず、エグセントが驚きをあげる。
上に逃げようにも、上にも無数のアンドロイドが浮かび上がっていた為、それも出来ない。エグセントがこの危機をどう抜けようと一瞬で思考を張り巡らしていると
、どう言う訳か、まるでスローモーションになるようにアンドロイドの動きが緩やかに止まって行った。
あまりに突然すぎるその出来事に、エグセントと酒呑童子が周囲を見渡していると、静まり返ったこの空間に一人の少女が姿を現した。
「遅くなったわね……」
その少女は白いワンピースを着て、長すぎる髪で顔を隠していた。
「……遅い」
酒呑童子が追い打ちをかけるように言うと、その少女は焦った様に大きくお辞儀をして歩き出した。
「では行きましょうか。あれ」
しかしその少女はすぐに歩みを止めてしまう。
「ご予定の人数より一人多いようですが」
少女は見えない顔を酒呑童子に向ける。
それに対して酒呑童子は、素っ気なく答えた。
「一人増えた」
「それでは困ります。すでに生き残るべき人数は定まっています。今からの変更は難しいのでは?」
「……大丈夫。私が上と話をする」
「いえいえ。既に知ってますよ。そんな事。だから私の到着が遅れたのです」
「どういう事?」
「言葉のままですよ。そして、伝言も頂きました」
酒呑童子は思わず黙り込む。
しかし少女はお構いなしに続けた。
「人数の変更は認めません。しかしこのまま冷たく言い放ってしまうと残りの二名まで失ってしまいかねません。故に、この私に勝てたら特別に認めましょう。まぁ、
もっとも私が負けた場合、私の枠をお譲りする事になるだけですが」
「……承知した」
酒呑童子は今だアンドロイドが静止する中、改めて剣を構えた。
それに対して少女は、直立のままで言った。
「もちろん、皆さん一斉にかかってきてくださいどうぞ。私が狙うのは、生き残るべきでない者だけですので」
言い終えると同時に、酒呑童子が駆け出した。そして瞬く間に距離を詰め、剣を横に振るう。
少女はそれをただ見つめているだけだった。ただそれだけなのに、酒呑童子の攻撃は外れてしまった。
思わず酒呑童子は周囲を見渡す。なぜなら少女がその場から姿を消していたからだった。
「あーつかれたー」
そして酒呑童子の肩に、背後から顎を乗せてくつろぐ少女。
酒呑童子は剣を一気に後ろへ振り払う。するとまた、そこに少女の姿はなかった。
「まずいわね」
酒呑童子が思わずそう呟くと、次に少女はエグセントの前で直立していた。
酒呑童子は焦って駆け出すと、一つの違和感を覚える。そして恐る恐る手元に視線を向けた。なぜならその強烈な違和感は手元にあったからだ。
「そんな……」
さっきまで握っていた剣が無かったのだ。
思わず少女を確認すると、その自分の剣がエグセントの腹部を貫いていた。
「き……さ……ま……」
今度はエグセントが剣を大きく振るうが、またもや少女の姿はそこに無く、空振りしてしまう。
そして次に少女が姿を現したのは、エグセントの背後だった。
手に持っているあまりにも禍禍し過ぎる鏡の付いた剣で、今にも止めを刺そうとしている。しかし、それは失敗に終わっていた。なぜなら、そのエグセントと少女の
間で少女の禍禍し過ぎる剣を秋葉が弾いていたからだ。
「これはどういう事でしょうか。私の能力に干渉できる者なんてそうそういないのですが」
少女がそう言い終えると、エグセントは秋葉を背後にやり、その隙に酒呑童子が少女に跳び蹴りを放つ。
しかし、またもや酒呑童子の攻撃は不発に終わり、少女の姿はそこに無かった。
「厄介な相手だな。こそこそしやがって」
エグセントは腹部の剣を勢い良く抜くと、酒呑童子に手渡した。
すると、また今度はエグセントと酒呑童子の動きが、スローモーションになるように止まっていった。
「珍しい事もあるのですね。私が指定したもの以外が動くなんて」
さっきから少し距離を置いた場所から少女の声がする。
すると、少し血を浴びた秋葉が二人を守るように、前に出た。
「どういった原理なんでしょうか。もしかしてそのまま他人の能力に干渉する能力でしょうか」
少女の問いに対して秋葉は、まるで無視するように言った
「時間を止めている間は前髪を分けるのですね。可愛い顔してのでずっと分けるか、バッサリ切った方が良いですよ。良かったら私のピンお分けしましょうか?」
秋葉の問いに対して、少女は小さく手を振りながら言った。
「うふふ、どういたしまして。でも大丈夫ですよ、同じく可愛いお顔のお嬢さん? でもその為には、この問題を早く解決しないと。ご理解頂けないしょうか?」
「ごめんなさい。エグセント様は裏切れません」
「そうですか、残念です。しかし私はあなたを攻撃する気はありません」
少女はそこで一段落をつけると続けて言った。
「ですので、しばらく動きを束縛させて頂きます」
秋葉は、自分の心剣を構えた。
それに対して少女は前髪で再び顔を隠すと、今まで静止していたアンドロイドの一体が動き出した。そしてそれは地面に着地すると、秋葉目掛けて走り出す。
秋葉はそれを素早く切り払い、横に一刀両断すると、まるでそれが合図だったかのように次々にアンドロイドが動き始めた。
そして、動かなくなった最初のアンドロイドを踏み台にして高く飛ぶと、地面に着地する前の浮いている状態のアンドロイドを二体破壊することに成功する。
次に、地面を確認すると一体のアンドロイドが秋葉を狙って飛び上がっていた。
秋葉はそれを自分の心剣を投げ飛ばして、頭部に直撃させると、そのままそのアンドロイドに着地し頭部をバラバラにするように心剣を払い抜く。と、同時にまたも
やそのアンドロイドを踏み台にしてより高く跳んだ。
すると落ちていくアンドロイドに2体のアンドロイドがぶつかり、3体まとめて落ちていく。
次に秋葉は、また自分を狙って跳んでくるアンドロイドの攻撃を剣で防ぎ、そのアンドロイドを蹴って空中で激しく回転する。
そして、飛び掛かってくるアンドロイドに合わせて、剣を振るい次々にアンドロイドを撃沈していく。
しかし、秋葉の攻撃が間に合わなかった一体のアンドロイドが秋葉を地面に叩き落した。そこを、今だと言わんばかりにアンドロイドたちが乗りかかっていく。
最初こそ、何体かは撃退したが、あまりの数にあっという間に身動きが取れなくなってしまった。
「ここまでですか……」
そして、アンドロイド全ての動きが再びゆっくりと静止していく。
「これで重くはないでしょうが、あなたは動けません」
またしてもどこからともなく少女が歩いて寄ってくる。
しかし、それだけ言うと秋葉を無視するように走りだした。エグセント目掛けて。
「やめてっっっ!!!!!!」
秋葉が叫ぶ。空間がガラス片のように割れ、新たな空間がそこに現れた時にはアンドロイドから抜け出した秋葉が少女目掛けて走っていた。
しかし同時に、少女の禍禍しい剣がエグセントの心臓部を突き刺していた。
「あ……あ……」
声にならない悲鳴を上げる秋葉。同時に二人の時間は動き出し、胸に手を当て同じく声にならない叫びをあげるエグセント。
横にいた酒呑童子が、いち早く少女に攻撃を振るうが、またもや当たるはずも無く、少し距離を置いた場所に姿はあった。
「小賢しい真似をぉ! クソガキが!」
エグセントが少女目掛けて駆け出す。背中に大きな翼が現れ、より一層エグセントを加速させた。
そして少女に強烈な一撃を一振りするが、やはり当たる事無く、エグセントが次に少女を確認した時は翼に大きな穴が開けられており、エグセントをより激昂させる
。
「き……さ……まァ! どういうつもりだ?!」
「あなたが生き残るべきでない存在だと言うだけです」
その時、秋葉が少女に飛び掛かり不意打ちを仕掛ける。
しかし少女はそれをいとも簡単に回避すると、その禍禍しい剣で秋葉の肩を貫き、同時に秋葉の腹部を強打し気を失わせる。
「どういう事!? その子には手を出さないみたいな事言ってたじゃない!」
酒呑童子が秋葉を慌てて抱え込み、珍しく焦って抗議する。
「あんな簡単な口車を真に受けて、油断する方がおかしいのです。あなたが死ねば別の者に枠が移る。ただそれだけの事です」
「貴様ァ! よくも秋葉をォ!! このエグセント様をここまで怒らせて無事で済むと思うなよォ!!!!」
遂には白目が血の色に染まり、さらに翼が増え、完全に吸血鬼に戻りつつあるエグセント。
その様子に、思わず酒呑童子がエグセントに寄り添い、手を握りなだめる。
「待って! ここで怒っても良くない。怒りは相手の思うつぼ。この子も致命傷じゃない。それに、あなた人間じゃなくなるよ? 辛い思いして吸血鬼やめたのでしょ
?」
しかしエグセントにその声は聞こえてないらしく、あの酒呑童子を軽く振りほどいただけで簡単に吹き飛ばしてしまう。
そして今までに無い速度で少女に駆け寄り、心剣を思い切り振り下ろした。
それだけで激しい衝撃波を生み、蹴り裂かれた地面がクレーターの様に抉られ、粉々になって周囲に散乱する。
やはり少女に当たる事は無かったが、少女の反応できる速度を少し上回っていたのか、少し距離の置いた場所で共に切られた前髪の隙間から血の流れる頬を押さえこ
んでいた。
「小細工は通用せんぞォ!」
「こんなものかすり傷に過ぎません。少し油断しただけです。問題ありません」
再びエグセントが駆け出す。しかし今度は、既にそこに少女の姿は無く、エグセントの背後で直立していた。
そして、口から大量の血を吐き出し、その場に倒れこむエグセント。その衝撃的な姿は、酒呑童子の目に焼き付くように映った。
しかし、エグセントはまだ立ち上がろうとする。
「俺様は体力が尽きる事は無い。故にいくらでも立ち上がって貴様を殺す」
「……既知です。ですので、立ち上がれないように足の筋肉の繊維を切っておきました」
「足が無くとも翼で飛び上がり、貴様を殺す」
「……既知です。ですので、羽ばたけぬように骨を折っておきました」
「翼が無くとも全身で這いつくばって貴様を殺す」
「……既知です。ですので、身動き出来ないように全身の骨と繊維を切っておきました」
「貴様! 貴様ァァァ!! 貴様ァァァァァ……!!!」
「今あなたに出来るのは、そこで小さく震える事だけです。再生しようにもこの太陽の元では出来ないでしょう。中途半端に吸血鬼化する事によって、強力な力と引き
換えに、過去の弱点まで呼び覚ましてしまった」
少女はそれだけを言うと、秋葉を抱える酒呑童子に歩み寄り、震えた声で言った。
「さぁ、い、行きましょうか」
少女が立ち止る。
しかし酒呑童子は怪訝そうに言った。
「あなた泣いているの?」
「……」
少女は何も答えなかった。
「良いわ。ちょっと待って」
酒呑童子は、倒れているエグセントに歩み寄る。
「あいつを殺せェ……!」
酒呑童子が自力では動かせないエグセントの手を握る。
「あいつを殺せェ……!」
「いいえ、その前にあなたはあいつに殺されてしまうわ。だからね――」
エグセントの鋭い眼光が酒呑童子に向けられる。
「――貴様も裏切り者かァ!」
エグセントは何かを悟ったのか、酒呑童子の話を中断させるように叫んだ。
その事に酒呑童子は唇を噛みしめ、エグセントから目を逸らしながら続けて言った。
「秋葉ちゃんを守る為にも、私は人間にならないと駄目なの。だからね」
「貴様ァ、初めからこれが目的で……!」
酒呑童子は、何も言わずに今度はエグセントの瞳をただ見つめた。
「この力を渡したくないのは分かる。けど、あなたが今ここで死ねば私はあなたの亡骸から無理やり力を引き抜くまでよ。つまり時間の問題」
「……おのれ……人にさせてやる。貴様が守り通せ。だが、守り通せなかったその時は分かっているだろうな」
「分かってる」
酒呑童子が頷くと、エグセントの体が光りだす。
すると、今まで髪の毛に隠していた酒呑童子の小さな角が消え、牙も小さくなって八重歯に落ち着いていった。
しかし逆にエグセントの角は大きくなり、翼も大きくなり、尾も生え、牙も鋭くなって、体から煙があっていく。
完全に吸血鬼になった事で、日光への耐性がなくなったのだろう。
「秋葉……すまんな……」
そうして酒呑童子は、握っている灰を隠し持っていた袋に詰めると、どう言う訳か、消えて無くならないエグセントの心剣を拾った。
そして酒呑童子は少女の元に駆け寄ると、エグセントの心剣を少女の首元に宛がう。
「泣いてるとこ悪いけど、ほんとは殺したい。今すぐここで殺したい」
「……既知です。でも、その気は無いようなので、こちらへどうぞ」
少女は枯れた声でそう答えると、闇への入り口を出現させる。
酒呑童子はそのままその場で手を震わせた後、静かに剣を下ろし、秋葉を抱きかかえて闇へと姿を消した。
「……これで、42回目かぁ。もう嫌だよぉ。こんな事したくないよぉ。でもこれ以上は難しいよぉ」
少女の静かな泣き声が、止まった空間に響き渡る。