第56話「最初の被害者、最後の時」
「高杉紅葉よ。我々の目的はな、生き残ることだ。お前のような世界に拒絶された人間なんて我々が保護するまでもなく、生き残らさせられるだろうがな。今のお前は死すら許されない立場なのだ」
「生き残る事が目的? 話が読めないんだが」
「お前はなぜここに居る?」
「それは、気が付いたら知らない場所に妹と一緒に……って、そう言えば秋葉はどこだ!?」
「安心しろ。彼女もまた生き残るべき存在だ。だが、お前と違って世界に拒絶などされてないがな。そんな事より、どうだ? 元に居た場所に帰りたくは無いか?」
「お前……! 帰れる方法を知っているのか!?」
「あぁ、簡単なことだ。我々と生き残れば良い。それだけだ。時期にお前の妹もこちらへ来るだろう。しかし今は、邪魔な女を排除する事が先決だ」
何も見えないほどに真っ暗闇な空間に、唐突に光が走る。それにより一瞬だけだが、紅葉とレーテー、さらに一人の少女が姿を現した。
あまりにも突然な事過ぎて、紅葉はいきなり現れたその少女が何者か判断する事は出来なかったが、恐らく少女はレーテーから攻撃を受けたのか、聞き覚えのある声で悲鳴を上げていることだけは把握した。
しかし次の瞬間またもや光が走り、紅葉はその人物が何者か、完全に把握する。
「おい! レーテー! やめろ!」
アンノウンだった。左腕に攻撃を受けたのか、右手で抑えている所をはっきりと捕らえたが、紅葉が思わずレーテーを止めに入ったのは、当然の如くアンノウンがレーテーから攻撃を受けていたからだった。その光の正体もレーテーの攻撃だったのと、二度光ったと言うことは、既にアンノウンは二度も攻撃を受けていると言う事が紅葉の頭の中で一瞬で考察された。
「あーうー。紅葉くん……」
「邪魔者め」
紅葉の主張を無視し、真っ暗闇の空間が三度目の光に晒された。そうして紅葉は、アンノウンの姿をもう一度捕らえる。
嫌な予感で胸がいっぱいだったが、その予感を疑心へ繋げる光景がそこにはあった。
「誰だ?」
レーテーが、唐突にそう言った。紅葉も納得の台詞だった。と言うのも、真っ暗闇の空間が三度目の光に晒された時、攻撃受けるアンノウンを庇う様に何者かが、そこに居たのだ。
そして、返事はすぐに返ってきた。
「わたくし、プロテクションパーソナリティの司令部を務めさせて頂くウィルフルと申しますの。以後、お見知り置きを。それにしてもタカスギコウハ。まさかあなたが、世間を騒がす機関の一員だったなんて……」
「待ってくれ! 誤解だ! それには――」
なんとか弁解しようと、話し出した紅葉を中断させるように、ウィルフルは強く言った。
「――が! っかりですわ。……あなた達の会話は録音させて頂きました。これが紛れも無き証拠ですわね。カイ、ベルクラージュ、罪を犯した者には罰を与えないと行けませんわ。やっておしまい」
どこからともなく二人の返事が帰ってきた。そして、ちかちかと眩しい点滅と共に激しい銃声がこの空間に反響する。
紅葉がウィルフルに向かって手を差し伸べ、何かを叫んでいたが、その声すらも誰にも届いてはなかった。
そして、初撃が紅葉の手の平を貫通し、そのまま紅葉の頬を擦って通り過ぎる。しかし銃弾の弾幕は止む事無く、目の前のレーテーを蜂の巣の様に貫いた思えば、紅葉までも立つ事すら不可能なほど、数発の銃弾を浴びせられた。
「え……は……?」
紅葉は急激な痛みが体を襲ったと思えば、頬が壁にぶつかる感覚を覚えていた。その衝撃で朦朧としていた意識が少しだけ戻ってくると同時に、それが床だった事を認識する。しかし、すぐに意識を手放そうとしてしまう。
そんな中、止む銃声。ウィルフルの冷酷な声が紅葉に聞こえる。
「主犯者は捨て置きなさい。タカスギコウハは、牢へ」
しかし、そんな声を掻き消すようにさっきまで悲鳴を上げていた声が泣き声に変わっている。
「あーうー……! あーうーっ! 紅葉君! 紅葉君っ!!」
だが、その声すらも紅葉の耳から遠のいて行く。距離が離れていっているのではない事は察知できる。単に、聞こえなくなってきているだけだと、紅葉理解していた。
「実に面白い」
しかし一つだけ、紅葉に理解できない声が聞こえた。
「もう一度やってくれないか。今度は全力でな」
さっき蜂の巣にされたはずのレーテーの声が元気良く聞こえる。
紅葉は辛うじて首を動かして確認すると、そこには両腕を広げてウィルフル達を煽るレーテーの姿があった。そしてそれと同時に、回復能力で必死に紅葉を治療するアンノウンの姿も確認する。まだその能力に慣れていないのか、苦い表情を浮かべている。
「そんな馬鹿な……! カイ、ベルクラージュ、もう一度お願いいたしますわ!」
ウィルフルが指令を下すと共に、再び銃声に包まれた。何十発の銃弾が、レーテーを貫いている。しかしレーテーは、そんな状況で悠長に前に歩き出した。
その様子を真正面から見るウィルフルはあとすざりをしながら、驚きの表情を隠しきれないでいた。
そしてウィルフルのその驚きの視線の先は、みるみるうちに治っていくレーテの傷口だった。レーテーを良く見ると銃弾が皮膚を貫いた瞬間、既にそこは綺麗な皮膚に埋められていたのだ。血液すらも流れていなかった。
「みーつけた」
しかし、そんな様子のウィルフルを楽しむようにレーテーはそう言うと、両腕を前にやり、両手とも点滅させた。先ほど、アンノウンを攻撃していた技だろう。光は、ウィルフルの右頬と左足を掠めて、そのまま背後へ飛び去って行くと、その背後で何者かに当たったのか二人の少年の呻き声が聞こえる。そしてそれと同時に、銃声が綺麗に止まった。
「次は君の番かな?」
レーテーがそう言って一歩前に踏み出すと、ウィルフルの背後から二人の少年らしき影が飛び出した。そして、二人は手に持っている刃物でレーテーを勢い良く斬りかかる。避ける間も無いほどに迅速だったその攻撃は、まさに暗殺のものだといって良いだろう。レーテーも成す術なく、肩から横腹に掛けて衣服、皮膚を綺麗に切り裂かれ、2本の線を体に刻まれた。
しかし、さも当然かのように皮膚は、切り裂かれ始めた場所から綺麗に修復されていき、それどころか衣服までも何事も無かったように、綺麗に仕上がっている。
「無駄だ」
レーテーは前を向いたまま、両手から背後へ二つの光を放った。そしてそれは、レーテーを斬り付けると同時に背後に回っていた二人を、躊躇いも無く追う。
そうして二人に光が着弾する寸前、どういう訳か、光がより強烈に輝きそのまま当たる前に消滅した。思わぬ事態にレーテーは視線をそちらにやると、そのほんの少しの隙を突いて、ウィルフルがレーテー周辺に、見えない壁を展開した。
「失礼ながら、あなたの行動を阻害させて頂きましたわ。それにしてもあなたの回復力は大したものですわね? しかし、攻撃力は高くないと判断した為、動きを阻害させ、連行することにしましたの。捕まえさえすれば、あなたの回復力などどうにでもなりますわ。殺すことさえも……ね」
「ほう……これは確かに動けんな。息が出来る事が不思議なくらいに動けんな。あの二匹を守ったのもこの力か」
「そうですわ。観念しなさいな」
ウィルフルは扇子で自分を仰ぎながら、レーテーの様子を見る。それに対して、レーテーは余裕の表情で答えた。
「お前の言うように、これは観念しざるを得ないようだな。だから聞いてみるが、私を解放してくれないか?」
「はぁ?」
あまりにも予想外の反応に、ウィルフルは思わず汚い言葉を零してしまう。
「こんなこともあろうかと、学園の至る所に時限爆弾を隠しておいたのだ。それを止めるスイッチは今、私が持っている。悪い取引ではないだろう?」
「口から出任せを。そんな事なら、あなたを連行した後にどうとでもなりますわ。最後の最後に、つまらない小悪党になりますのね」
「ふふふはは。愚かな」
レーテーがそう言うと同時に、遠くのほうで強烈な爆発音が聞こえる。
ウィルフルの表情にまたしても焦りが現れる。
「そんな馬鹿な……出任せで無いと言うの……?」
「あぁ。残念ながらな……」
レーテーの剣がウィルフルの胸部を貫通する。
吐血し、力を失っていくようにぐったりしていくウィルフル。
そこで紅葉の意識が完全に遠のいていった。
僅かに聞こえるのはアンノウンの叫び声だった。