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三百トルド 1

 後日、クラーエスはふたたびリンドブラードの塔を訪れた。

 塔の(あるじ)はいちど真実をあらわしたからなのか、鏡の魔法の姿ではなく自身の姿で出迎えてくれたが、クラーエスの来訪を拒絶するでも歓迎するでもなく、やんわりとそこにいることを許しただけで、森を歩いて採ってきたばかりの薬草を作業台にひろげており、来客のために作業を中断するつもりはないのだった。

 薬花薬草が籠から取り出され、部屋には清涼な芳香が立つ。傷ついた花弁や葉を取り除き種類ごとに分けた細い指が、今度は羽根ペンを取り上げ紙片に文字が記される。

「すべて薬草ですか」

 クラーエスがとりあえず、きいてみたら、

「灯心草もある」

 とのこと。虫瘤や鳥の羽根、何かの液体の入った小瓶もあった。

 クラーエスは手持ち無沙汰に、さりげなく部屋を眺めた。

 心地よい部屋だ。壁にはアルムクヴィスト王国の寒冷な風土から室内を暖かく保つよう、鮮やかな色で染められた色糸で緻密に織られたタペストリーが掛かっている。南の森、湖、緩やかな起伏の花咲く野原、とりどりの花や実をつけた樹々、ちらほらと姿をみせる動物や鳥たち、そこかしこには幻獣の姿も繊細な意匠となって隠されている。山が近いためか開いた窓からはそよ風にのって鳥の啼き声が届き、森の濃い香も運ばれてきて、タペストリーの世界が生気を持って感じられた。

 だが、あの夜、塔の(あるじ)が魔法でめくり開いたタペストリーはかかっていない。クラーエスとエリノルとで身を隠した小部屋も今は見当たらない。そこはただの石壁と小窓だ。

「姫とのチェスの勝負は勝ってきました」

 クラーエスは室内の観察をやめ、今日の来訪の用向きを切り出した。

「それはありがとう」

「姫はあなたの何を知りたいのですか?」

「クラーエスもエイジェルステット家の秘密を知りたい?」

「わたしはチェスの盤上で容赦なく姫を負かした。勝利があなたの希望であったし、姫のためだとも察せられたからだ。姫はチェスで負けたことがないのです」

 普段は誰もが姫が勝つよう巧妙に駒を動かす。

「姫のプライドを打ち砕いてでも守ったものを、おぼろげになりとも知っておきたい」

 クラーエスの辛抱強い声に、塔の(あるじ)はペンを持つ手を休め、

「たいていの秘密は打ち明けたがられていて、いつでも人々の耳元でささやかれるもの。もう君の耳にも入っているよ」

「わたしの耳には届いていません」

 塔の(あるじ)はほほえんだ。

「本物の秘密とは、そういうものだからね」

 不意にタペストリーの中の、空を舞う尾の長い鳥の羽ばたきがクラーエスの目に留まった。

〔アールストレーム家の嫡男の関心は歓迎できない〕

 布の中で錯覚のように織を変化させながら典雅にたなびく翼が上下する。

〔用心が必要だ。この男、秘密を嗅ぎまわっている〕

 大角の優美な四つ脚の獣が鼻を鳴らしたと聞こえた。黒い織糸が寄り集まって、濡れた鼻が大きく膨らむ。

〔この男にも目と耳があるのだ〕

 赤い織がなめらかにうねり、火蜥蜴の横腹に並ぶ斑紋の金糸がメラメラと揺らめく。

〔そうだ。気を許してはならぬ〕

 黒猫の金の目がギロリと動き、背中の毛並みが銀色に波打つ。

〔そういじわるなことはおっしゃらず〕

 とりどりの糸をきらめかす孔雀が草花のような羽根を細やかに振るわせる。

 地模様に織り上げられた蔓草の糸がきしきしと絡まり、木々の葉が揺れ、花々が蕾を綻ばせ、水盤の水がきらめく。

 クラーエスはこめかみを指でぐっと押さえた。

「ここはあなたの魔力に満ちた不思議な場所のようだ」

 塔の(あるじ)が軽く指先を振ると、幻獣たちはふっと輝きを減じて普通の織物になった。

「ただの目眩(めくらま)しだよ」

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