リンドブラードの塔の主 5
王都は北方に連なるアスピヴァーラ山脈の裾野から大きく開けた平原、クルングヴァル野にあった。東にはホーカン川が流れ、南方へは門や並木に飾られた大街道が延び、西は山脈の麓に広がるロスマーリの森につながっている。
塔は王都を囲む城壁の外、東と西に一つずつ。
ホーカン川沿いの東の塔。
ロスマーリの森に接する西の塔。
どちらの塔も、主はずっと不在だった。
東の塔は明。
西の塔は暗。
そのような何とはない感覚が、王都の人々にはある。西郊外の風景の中には古い土塚が多く点在している。墓だ。さらに山裾まで進んでゆくと、広がる谷は王族貴族の墓所なのだ。
なぜエリノル・エイジェルステットは西の塔に住んでいるのだろう、東ではなく。冥衣を着ているのは墓所の番人を自認しているという意味なのだろうか。
踏み分け道をすすみ塔にたどり着いた頃には、クラーエスも酔いが醒めてきて、自分がひどく愚かしいことをやっている気分になっていた。
古い塔だ。石壁には蔦が絡まり苔もむし、基部には樹々も根を下ろしている。
塔のほぼ真上には細いベリトの月がかかり、振り返れば丸くふくらんだブロルの満月が東の空に、地平まで広がった晴れ空には星々が散らばっていた。
クラーエスは馬を下りた。腰のあたりで軽い金属音がした。剣の柄でお守りが揺れていた。
一年前、王城の屋上庭園にしつらえられたあずまやで、姫はこのお守りを差し出し、クラーエスはかわらぬ忠誠を誓ったのだ。一年、喪に服すために会えぬ間も、心変わりはない、と。春の盛り、とりどり色鮮やかな花々があずまやを彩っていた。
五段ほどの石段を登ると扉がある。クラーエスは扉の彫刻の中に鳥の姿を探した。老婆に念を押された通り、小鳥は何羽もおり、枝にとまっているのも一羽ではなかった。月明かりと手に持った角灯の灯りを頼りに酔った目で探すのは難儀だったが、これと定めた小鳥の背を三度なで、告げる。
「クラーエス・アールストレームだ」
そしてクラーエスは待った。魔法が働いたらしい目にも綾なきらめきか、不可思議な一陣の風か、華麗な響か、そのような印を。だが何も起こらない。足元で虫がすだくばかりだ。拍子抜けしつつ、選ぶ鳥を間違えたかと、試しに把手に触れてみた。扉はすんなりと開いた。
本当に魔法の作用だったのだろうか。どうも騙されている気分だ。だがここまで来たのだ。クラーエスは塔の内部に足を踏み入れた。
塔を訪れて行方不明になっただの酷い病を得ただのといった、吹き込まれた恐ろしげな噂の数々でクラーエスの歩みが鈍ることはなかった。
螺旋階段をたどり時々あらわれる扉を開いて一部屋一部屋のぞいてみながらクラーエスは上を目指した。どの部屋もクラーエスにはわからない何かが並んでいるらしい暗い部屋ばかりだ。人はいない。
とうとう階段が終わり最上階までたどり着いた。最後の扉を開ける。とたんにまばゆい光が溢れ出て、
「いらっしゃい」
昼間会ったあの若者が、まるで約束していた友人を出迎えるように立っていた。




