リンドブラードの塔の主 4
下町のケネット通りに立ち並ぶ間口の狭い軒先からは強い酒や食べ物、革や金物の匂いが漂っている。教えられた目的の扉には、確かに糸杉の一本枝が下げられていた。
扉を開けると室内は暗く狭く、灯りは蝋燭がひとつと暖炉の火明かりばかりで、なにもかもが暗がりにまぎれていた。ここで、やがてあらわになる未来、深く秘められた自己の欲望、あるいは運命を返り討つ術が紡がれるのだ。
「いらっしゃい」
老婆がひとり、座っていた。
「リンドブラードの塔の主に会いたい」
クラーエスは早口に告げた。銀貨を一枚、示す。
老婆は首を振った。
「ルテティア金貨ならば、一枚。三百トルド。それが塔の主に会う代金でございます」
トルドがこの国の通貨だ。
「塔の主は誰にも会いたくないようだな。三百トルドあればブルムダール産のワインが買えるぞ」
「なるほど、ブルムダール産のワインは、毎年の新酒が必ず王室に届けられる最高級ワイン。三百トルドあれば、庶民にはとうてい手の出ない一本が手に入りましょう。しかし」
低いテーブルにぽつねんと座った老婆は、痩せた指をうごめかせ、色とりどりの貴石を載せた指輪をきらめかせた。
「あなたさまなら、帰り道に思いつきで上等なワインを一本あがなうくらい、浪費のうちにも入りますまい」
「俺のことを占ったか。まだ名乗ってもいないぞ」
「頼まれもせずに占う者がおりますか。目があれば大抵の者が、あなた様のことは察しをつける」
老婆の目がクラーエスの様子をしげしげと舐めた。
艶めく上等な絹地を同じ染め色の絹糸で縁取りした外套。一等星のように輝くボタン。櫛の通った髪のつや。餓えを知らぬ目の色。
「わたしにはあなたさまが何者であられるかなど、どうでもよいのですよ。ただ、リンドブラードの塔の主に御目通り願うのは、よほどの事情か、よほどのお方でもなければ、諦めていただく方がよいのです。あなた様のためにも」
「ほお」
「あなたさまの欲望をリンドブラードの塔の主の魔法で手に入れたとして、歪められた運命は思わぬ形であなたさまに跳ね返りましょう。その時、さて、何が起こるか」
老婆が不吉と身振りで示した。
「よろしければ、このわたしが代わりに占って差し上げますよ。わたしの占いならばあなたさまの行く末にやさしく触れるのみで、害はありません。しかも、あなたさまがお気を楽に出せる妥当なお値段で」
「思わせぶりだな」
懐から財布を出し、サリックス銀貨を四枚、テーブルに乗せる。
「金貨がよいなら後で届けさせよう。どちらでもかまわぬぞ」
老婆が鼻を鳴らした。
「よほどのご決心ですね。ならばこの年寄りは不幸の起こらぬことを祈るだけにしましょう」
老婆は骨張った指で銀貨を一枚一枚、テーブルの上を滑らせ、手の内に落としていった。
「リンドブラードの塔の扉には彫刻があります。その中から枝にとまった小鳥をお探しなされ。小鳥は数羽おりますから、かならず枝にとまった小鳥を。その小鳥の羽を三度なでてやり、あなた様の名を言う。偽名はなりません。ちゃんと本当の名を上から下まで口にするのです。さすれば扉はおのずと開きましょう」
出て行こうとすると、老婆の声が背中を追ってきた。
「三度なでる彫刻の図柄は時々かわる。今教えたので扉が開かなくなったらまたおいでなさい。新しいのを教えましょう。三百トルドで」
「もう払っただろう。また払えというのか」
老婆は薄く笑んでうなずいた。
「そうやって占いにすがる者からは何度でも搾り取るか。庶民もしたたかだ」
老婆は年若い貴族の皮肉などものともしない老獪な眼差しを返した。
「ご不快ならば、これ一度きりになさいませ」




