ゴトフリートの夜祭 7
「クラーエス、医者だ」
声をかけられた時、クラーエスはもう自分がどのくらい蘇生に力を尽くしていたかわからなくなっていた。背中にも頭にも雪をうっすら積もらせて、額には汗を浮かべていた。
マグヌスの馬から医者が降りた姿を見たら、一瞬気が弛みかけたが、
「続けなさい」
医者に言われ、クラーエスは急いでマッサージに戻った。医者がエリノルの脈を取り、口元で呼吸を確認する。そしてやっとクラーエスをとめた。
目を閉じたままのエリノルは、このような時でも驚くほど美しく、ほのかに開いた唇の間からはいつもの小さな笑い声だってこぼれてきそうだった。
エリノルの瞳孔も確認し終えた医者が、ほら、と胸を指さした。
「胸が自発的に上下運動しておる。呼吸が戻ったんだ。よくがんばったな」
姫が声を上げて泣き出した。もう押さえておく必要はないだろう。アルノルドがそっと手をはなすと、姫はエリノルの胸にすがりついた。
「それはまだだ。意識が回復するまでは安心できん」
医者は相手が姫と知らず、あわてて払いのけ、
「ここは患者によくない。どこかに移すしかないが、うちの診療所じゃ設備が足りん。外来しかやってないからな」
「では、我が家へ」
クラーエスが提案した。
「オレーンの別邸がすぐだ」
「よし」
クラーエスは横たわるエリノルを自分の外套ごと抱え上げた。頭ががっくりと落ちたところに肩を入れて支える。エリノルの意識は戻らず、呼吸も浅い。心臓は今にも停止しそうな弱々しい脈でしかない。クラーエスはそっと動いた。
馭者が扉を開け、クラーエスはエリノルを後部座席におさめた。
「エリノル」
もしや意識を取り戻さないかと願って声をかけたが、彼の青白い顔は動かなかった。
クラーエスはすこしでも心地よいようにと、エリノルの身体を整えた。
落ちた手を拾う。
冷たい手だった。
力なく傾く頭を持ち上げ、クッションを差し込む。そっと柔らかな生地に頭を乗せると、エリノルの眉がかすかに動いた気がした。
「たすかってくれ」
クラーエスはもう一度強く念じ、身をひるがえして馬車を飛び降りた。
「姫!」
姫は泣き崩れていた。顔は涙と雪でぐしゃぐしゃで、支えがなければ立っていられない様子だ。
「お乗りください」
いささか強引にその手を引き上げて、馬車に押し込む。クラーエスは上半身だけ車内に入ると、姫の手の中にエリノルの冷たい手を押し込んだ。
「エリノルの名を呼ぶのです。呼び続けてください」
「あ……」
姫は涙で何も見えていないようだったが、押しつけられた冷たい手にびっくりし、すぐにエリノルのものだと気がついてそれを自分の頬に当てた。
「気をしっかり持って。名前を呼んでください。エリノルを呼び戻すことは、姫にしかできません!」
はっと姫が目を開いた。
「……エリノル……さま……」
やっと弱々しく声をかける。
「エリノルさま、お願い、目を開けて」
「そうです。呼び続けて」
クラーエスは馬車を出た。
「二人を頼む」
すぐにアルノルドが乗り込み、扉を閉めた。医者は馭者席に登った。馭者も手綱を握り、いつでも出せるとクラーエスを見下ろしている。
「オレーンのわたしの屋敷へ。ブレズゲーゼ通りだ」
馭者はうなずくと、返事をする間も惜しんで手綱を打った。
「俺はマデリーネさまに知らせてくる」
マグヌスはもう自分の馬を引っ張ってきていた。クラーエスの馬も連れていて、手綱を投げてよこす。
悪いがここまで走らせっぱなしだったアルノルドの疲れ切った馬は、乗り捨てさせてもらう。後であらためて取りに来るしかない。それとも、気の利く誰かが捕まえて伯爵家の屋敷に連れていき褒美にあずかるか、はたまたどこかに売り捌いて金に換えるかするだろう。
「ああ、頼む」
クラーエスも自分の馬に飛び乗った。
それをいっぱいに駈けさせて馬車を追い越すと、先に自分の屋敷へ向かった。




