リンドブラードの塔の主 3
夕刻、城を下がると、クラーエスたちは待ち合わせて酒場に向かった。
若い近衛たちが好んで行くのは《王の馬車馬亭》。今にも壊れそうな車をひく暴れ馬が看板だ。
馬車馬亭でクラーエスはエイジェルステット家の魔法使いがどのような容姿をしていてどのような言葉を交わし、最後に王の側近から自分の存在がどう扱われたかを同僚に語り、クラーエスの方も魔法使いが塔の扉をいつも開けていることを教えられた。
「扉を開けっ放しにしているのか?」
「いやいや、扉を開けるには呪文が必要なんだ。呪文を知れば、開けられる」
「魔法使いらしいやり方だ」
「ケネット通りの辻占の婆さんから買えるぞ。なかなか評判のいい占い師だ」
「よく知っているな」
「そりゃ、エイジェルステット家の魔法使いが王国の魔法使いの塔に住んでいるんだ。人の好奇が集まる」
クラーエスは唸った。
「しかし、なぜあの方は塔の扉を開けているんだ。そんな怪しげな方法で」
「さあねえ。まあ、塔の主といったって、霞を喰って生きてるわけじゃないし」
「霞など、喰えんだろう」
「たとえば魔法の薬だとか、お札だとか、未来を覗くとか? そんなのを売って生活費を得ているんだろうってことさ」
「誰が買うんだ」
「女の子は行きたがると聞いてる」
「女の子が?」
「恋占いだよ」
「ああ、なるほど」
「それより、見目麗しい魔法使いを見に、とか?」
とアルノルド。
「それから、呪だとか、ね」
と付け加えたのはマグヌス。
「呪もか」
「求めがあれば、なんでもじゃないか?」
「効果はあるのか?」
「聖一族エイジェルステット家の魔法だぞ。てきめんに決まっている」
「はあ、そういうものか」
クラーエスは少し考え、
「ふたりは行ったのか? 扉を開ける呪文を得る方法がわかっているのならば」
「行ったよ」
と答えたのはマグヌスだ。アルノルドはびっくりした。
「お前、行ったのか?」
「ああ。もっとも、ご本人に会うのは、俺には無理だった。クラーエスなら会えるんじゃないかな」
「俺なら?」
「婆さんのところに行けばわかる」
マグヌスは意味ありげにそう言い、にこやかに、
「ビルギットとの将来が上手くいくようはからってもらった。アルスター家になかなか認めてもらえなくてね」
「そうだった。彼女と婚約したのだったな」
クラーエスがおめでとうと祝意を伝え、マグヌスも笑顔でそれを受け取った。
「塔の主のお陰だろう。婆さんに言われた通りにただ塔に出かけただけで、みるみる解決した」
アルノルドはさらに驚きに目を見張り、
「魔法をもらったのか? いったいどんな魔法なんだ」
「それを口にしたら、魔法が破れる」
「ああ、そうか」
アルノルドは口ごもったが、
「しかし、マグヌスのスレッソン家は戦で功のあった古い帯剣貴族で、あちらは最近官職を金で買った法服貴族だ。貴族の格ならマグヌスの方が上だ。なぜ2人の仲を渋るんだ」
アルノルドは不満なようだ。
「財力なら、アルスター家の方がはるかに上だからな」
「そうかもしれないが。俺はまた、アルスター家が許したのは、マグヌスが近衛に選ばれて将来を見込まれたからだと思っていた」
王その人や王家の方々に仕える近衛は、貴族の若者たちの中でも特に有望な者たちが最初に託される宮廷の役職。おのずと大きな出世が期待できる。娘の相手が近衛で、アルスター家のような新興下位貴族が不満に思うことはないだろうに。アルノルドは不愉快だった。
「確かに、クラーエスやアルノルドと違って目覚ましい由緒も広い領地もない俺には、近衛になるというのは野心的な選択だったよ。リンドブラードの塔に行ったのはビルギットが行きたがったのが一番の理由なんだが、行った事実は最後の一押しになったようだ。認めないと恐ろしい呪が降りかかるとでも思われたか」
マグヌスは笑った。
「で、結局、あの方には会えたのか?」
「塔の主に? いいや。行っただけ。ベリーとシダの茂みを歩いて、帰ってきた」
「デートだな」
「まさに」
「アルノルドは? 行ったのか?」
クラーエスがたずねた。アルノルドはゆるく笑って首を振った。
「わたしは行ってない。あまり行く気になれないし。魔法使いが要求する対価は大きいんだ」
「対価?」
「彼に会いに行き、不幸に見舞われた人物もいるらしい」
アルノルドとマグヌスはいくつかの恐ろしい噂話を酒の肴に語ってくれた。
塔に行くと告げて外出したまま帰らない男爵。
塔から帰宅するや病に倒れ、いっこうに回復しない豪商。
塔を出てきた後、幽霊のような姿を目撃された傭兵。
「まあ、噂だがな」
「まるで来るなと言っているような噂だよな」
「そんな雰囲気はある。もしかしたら、本当のところ誰もあの方に面会してはいないんじゃないかなぁ」
とアルノルドがぼんやり口にしたら、
「ウルリーカ姫は熱心に通っておられるよ」
マグヌスがあっけらかんと言った。
「黙れ! マグヌス!」
アルノルドが咄嗟に手まで出して止めようとした。
「姫だと? 姫が通っておられると?」
クラーエスが驚く。
「そうなんだ」
「マグヌス!」
「いつまでクラーエスだけ知らないままにしておくつもりだ、アルノルド」
アルノルドが両手で顔をおおう隣で、マグヌスは明快に言った。
「姫はエリノルさまに恋をしておられるのだ」
ならば行ってみるか。
一人になった帰り道、クラーエスがそう馬首を返したのは、たぶん酔った勢いもあったのかもしれない。




