リンドブラードの塔の主 2
近衛。王族の護衛。
だが本当の警護は城内ならば衛士の、城外ならば衛兵の役目。近衛は、王族を華やかに彩るために付き従う若者たちで、次世代有望廷臣のお披露目のための組織なのだ。
近衛のマグヌスは「来た来た」と呟き、隣にいた同僚のアルノルドに目配せした。
若干調子のいいいところはあるが、ものをたずねるならこの男だ。クラーエスはまっすぐに呼びかけた。
「マグヌス。今日の午後、王に面会に来た者がいた。知っているか?」
マグヌスは嬉々として、
「帰都して数日でお会いできるなんて幸運だな、クラーエス。城の者でも遠目にすら見たことのない人間の方が多いのに。ちなみに、俺は一度だけ、ちらりとお見かけしたことならある。もっとも、遠すぎて、お顔もなにもわからなかった。残念だよ」
マグヌスは口数が多い。
「で、あれは誰なんだ」
「滅多に地上に降りてこない、リンドブラードの塔に住む魔法使い」
クラーエスは眉をひそめた。
「魔法使い? まさか。俺たちと歳はそう違わなかったぞ。あの若さでか?」
青霧の向こうへ行った者は少なく、戻れた時には老いている。魔法使いとはそういう希少な人々だ。
「いやいや、魔法使いになろうなんて酔狂な人間は今ではほとんどいない。自分を堂々と魔法使いと名乗る者は、まず、イカサマ師で、だいたいは占い師か魔法研究家だよ、王の重鎮ベルツェーリウスのような。つまり、あの方はただの魔法使いではない」
横から同僚のアルノルドが口をはさんだ。
「もったいぶるなよ、マグヌス。あの方はだな──」
人のよいアルノルドも少し意味ありげに間をおき、
「エリノル・エイジェルステットさまだ」
「は?」
クラーエスが硬直した。マグヌスもアルノルドも、期待通りの反応にニヤニヤする。
「エ、エイジェルステット?」
「そう」
「おい」
「本当」
「だが」
「本当に本当。正真正銘、エリノル・エイジェルステットさまだ」
「いや、しかし」
幼馴染のアルノルドが言うのだから間違いないと思いはしたが、クラーエスは食い下がった。
「エイジェルステット家の方が王都にいらっしゃるはずがない。聖都からお出になることはない」
エイジェルステット家は、衰亡した古王国時代から続くと言われる古い古い血族だ。
貴種。
この世でもっとも高貴な聖族。
地上に落ちた神々の影。
聖族が住まいするのは、熟した果実と満開の花々の香気に満ちた南方、神々が与えたもうた古く典雅なる聖地、イェルハルド。ここ、北方内陸のアルムクヴィスト王国の王都からは、ずっと遠い。
「びっくりだろうが、本当。マデリーネさまの例もある」
「あのお方は例外だ」
「うん。あり得ぬ例外だ」
数年前のこと、エイジェルステット家が治めるイェルハルド国の次期大使が任期交代で王都にやって来られた。宗家の姫、マデリーネさまご本人がその大使として。そんな事態は王国の歴史上、はじめてだった。アルムクヴィスト王国からわざわざ大護衛隊を出したほどの一大事だった。
「そのマデリーネさまが、王弟殿下とご結婚されるとは」
「あの時はかなり揉めたな」
「王家とエイジェルステット家の婚姻は前例がないのでは無理もない」
「だからさ。エリノルさまはマデリーネさまの弟君だから、姉上をお訪ねに王都にいらっしゃるのももっともだろう?」
「そうかもしれないが」
「うん。マデリーネさま以上にびっくりだよな。エリノルさまは、エイジェルステット家の、三人の「書物の管理者」のお一人だから」
「書物の管理者」。この王国風に言えば、「王位継承者」となるだろう。継承権は単純な血筋だけではなく、能力だと聞く。
「すごいな、あの若さで」
マグヌスは感慨深げだ。
クラーエスはあまりの事にまだ事態が飲み込めなかった。先ほどの王の側近たちの態度は了解できた。だが、本当なのか? との疑念が去らない。
「それで、あー」
とマグヌスがわざとらしく咳払いなどし、
「塔の上の魔法使いは、美人だっただろう?」
にやにやとたずねてきた。
「すばらしい美人だって噂なんだ」
「国王もおっしゃったとか。あのように美しい人が我が王城をおとずれたよろこびの心は抑え難い、って」
そう語るアルノルドの目にも憧れめいたものがあった。
「ところがいつもあの方はふらりと城に来られて、誰も気づかないうちにふっと去られる。だから誰にも拝顔のチャンスはない」
「ほとんど誰も近くでお顔を見ていないし、お声を聞くなんて機会もまずない。そもそもほとんど塔を出てこられないからね」
「これまでに王城に来られたのも1回、ではないから、2回?」
「2回、3回? そんな程度だ」
「エイジェルステット家は美人が多いので有名だ」
「マデリーネさまの二つ名は金の薔薇さまだもんな」
「自分に仕える者には美人を揃えたがるとは、我らが天上の神々も意外に俗っぽいところがある。いや、逆かな」
マグヌスは自分で自説を否定した。
「人間の側が、美人を侍らせる方が神々もお喜びだろうと気を回しているんだ。美人の血を選んで入れていけば、子孫は美人揃いになる」
クラーエスは同僚の戯言を聞き流しながら、先ほど会ったばかりのエイジェルステット家の魔法使いの容姿を思い返そうとした。
「あまり気にしなかったが」
うん。クラーエスだからな。と、ふたりの同僚が目配せする。
「はたして、美人、という言葉があの方のお心にかなうかどうか心許ないが、確かに、うん、美しかった」
「ほお〜」
ふたりの同僚の目が輝いた。
「やっぱり美人なんだ」
「朴念仁のクラーエスが言うんだから間違いない」
「なんだと?」
「いや、なんでもない」
「そんなことより」
クラーエスは話題を変えた。
「俺が驚いたのはお召し物だ。エイジェルステット家の方が冥衣を着るのか?」
ああ、そのこと、と同僚たちはうなずき、
「塔の上の魔法使いは、いつも冥衣姿だそうだ。国王に謁見する時でさえね。魔法使いの流儀なのかな。それに、塔に移り住んでからそろそろ一年になろうというのに故国に帰る様子がない。かの方がなぜ王都にかくも長々ご滞在か。近衛なら気にしておいた方がいい」
「マグヌス!」
アルノルドの小さく鋭い口調には牽制の響きがあった。
考え込んでいたクラーエスが口を開いた。
「あの方は塔の上の魔法使いだといったな。塔にお住まいだと。塔とはなんだ」
「リンドブラードの塔だよ」
「リンドブラード、というと、郊外のあれか。あの塔に住めるのか?」
「もう長い間、塔に主は不在だったが、それは住んでよいと国王に許された魔法使いがいなかっただけだからね」
「いや、そもそも、エイジェルステット家の方々は魔法使いではないぞ」
「あの塔は魔法使いの塔だから、みんななんとなくリンドブラードの塔の上の魔法使いと呼んでいるだけさ。エイジェルステット家の方々は魔法も使うから」
エイジェルステット家の方々は魔法の才を生まれ持っているのだ。あえて困難な青霧の道をゆき魔法の技能を身につけ、わざわざ国王にお仕えし、肩書きとして魔法使いと呼ばれることを必要としていない。
「なるほど。しかし、エイジェルステット家の方ならなにも郊外の古い塔に住むことはないだろう。もっとよい屋敷を選べる」
アルノルドはさっきから、そわそわとした視線を2人へかわるがわる向けていたが、マグヌスは平気だ。
「さあなあ。イェルハルド国の大使館や王弟殿下の屋敷も使っているのかもな。とにかく、塔は王が直々に賜ったそうだ。それで、エリノルさまは昨年の夏頃から塔に住むようになった」
クラーエスが祖父の喪のため領地に戻っていた間だ。
「王がそうされた理由は?」
「いろいろ言われてはいるけどね。はっきりとした理由は誰も知らないんだ」
「わからないことだらけだな」
「だから、あの方は噂が多いんだよ。噂、が、ね」
マグヌスがニヤリと言った。
「そろそろ持ち場に戻った方がいい。話は後にしよう」
少しハラハラした様子のアルノルドが会話を打ち切ってきた。すかさずマグヌスが提案した。
「そうだな。続きは夕刻に、酒場で」




