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薔薇のお茶会 8

 「嫌われちゃったね」

 エリノルが笑みを浮かべたまま、いささか憮然(ぶぜん)としたクラーエスに言った。

「姫はチェスで負けて以来、わたしにだけ機嫌が悪いのです」

 エリノルは隠し部屋から図録を持ち出した。

 紙挟みから取り出し大テーブルに広げて、一つ一つめくってゆく。絵なのかちゃんとした文字なのか、細かな図形が何列にも渡って一面に並んでいた。

「これはいったいなんです?」

「イェスタの墓所に刻まれた、オシアンの伝説とされているものだよ」

 クラーエスは首をかしげた。

「あなたは、これが読めるのですか?」

「僕には読めない。研究者に解読してもらっているところだ」

「いったい、なんのために?」

「なにが書いてあるのか、知りたいから」

「失われた文明の、読み手を失った文書を?」

 不可解そうなクラーエスに、エリノルは微笑した。

「概要はつかめてきたところなんだ。全文がきちんと読めるようになるにはまだ年月がかかるだろうね。僕が生きているうちは無理かもしれない、残念ながら」

 クラーエスは紙を一枚、めくってみた。絵のような文字がずらりと並んだ紙面の右上に見たこともない花の絵が、意味深げに描かれている。

「殿下は学術隊に画家を同行させていてね。これは遺跡の俯瞰図、おそらく当時の貴族の館、祭殿、こちらのは墓所群の位置関係図だ。発掘調査で発見された遺物はもちろん、画家はあらゆる眺めも絵に描いて送ってくる。これは、遺跡の片隅に咲いていた花」

 すべてが遠い国の風景を目で見たままに描かれているようだ。

「これは戦争の壁画だね。王が勝利したのだろう。炎の表現が形式ばっているのに素晴らしい迫力だ。こちらは酒宴の壁画。みんなで食べて、飲んで。盛られた果物が豊かだ。楽器を演奏して歌って踊っている。こちらも食べたり飲んだりしたくなる」

「古代人と空想の酒宴を楽しむために、膨大な文書を紐解くのですか?」

 エリノルは小さく笑った。

「それも楽しいね。実はこの国には、魔法使いがいたんだ」

「魔法を使えるのはエイジェルステッド家の方々だけかと思っていました」

「そんなことはない。歴史上たくさんいた。でも今は絶えてしまい、僕らの知らない魔法の知恵も、すべて時の中に消えてしまった。だから、(いにしえ)の魔法が知りたければ、古文書をひもとくしかない」

「はあ、なるほど」

 深入りしたところですっきりと理解できる気がせず、クラーエスはうなずくにとどめた。

「ところで、本当にここの鍵のありかをわたしたちに明かして大丈夫なのですか?」

「ああ、それは大丈夫。君には開けられないから」

「開けられない?」

 クラーエスは書架の奥に見える鍵の仕組みに目をこらした。目立たないよう作ってあるだけの、普通の鍵穴にしか見えない。

「試してみる?」

 エリノルが鍵を差し出す。

「お望みとあらば」

 クラーエスは挑戦を受けて立つかのように、それを受け取った。

 書架を滑らせると、ガチャンと鍵がかかった音が響く。抜かれていた書物も戻すと、そこに隠し部屋があるとは思えなかった。マデリーネさまを真似て書物を引き抜くとちゃんと鍵穴があらわれ、クラーエスはそこに鍵を差し込もうとした。

 ところが鍵穴はかたくなに鍵を拒絶した。

「どういうことだ」

 まるで鍵穴の騙し絵のようで、角度を探って押し込もうとするが、ツルツルと滑ってうまく入らない。

「これは、鍵穴ではないな」

「貸してみて」

 差し出された手に鍵を返す。

 エリノルの手になると、鍵はすんなりと奥まで通り、軽く回しただけでカチリと小さな音がし、扉が開いてさっき見たままの殿下の秘密の資料室があらわれた。

「魔法、か」

 クラーエスはエリノルを振り返った。

「リンドブラードの塔と同じ仕組み、か。いや、塔には名前が必要だったな。名前……?」

「君も好奇心が強いね」

 エリノルはにっこりとほほえんだ。

「でもそれ以上は、エイジェルステット家の秘密だよ」

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