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薔薇のお茶会 2

 「今日の午後はお茶会だ」

 近衛の詰め所、クラーエスは打ち合わせ中だった。

「姫の紋章付きの馬車は昨日のうちに磨き上げ、すべて準備は整っているな」

 馬車磨きや車内の備品を最終確認した者たちが抜かりはない、とうなずいた。

「さて、随行だが」

 クラーエスは居並ぶ近衛一同を見渡した。すべての顔がおごそかに口元を引き締め大真面目の沈黙で、自分を指名せよと神に祈りクラーエスに念を送っていた。

 この日、姫をご招待くださったのは金の薔薇さま。姫の叔父上で国王陛下の弟君の、それは麗しい奥方だった。近衛ならばいくらでも機会があろうと期待したほどには、かの方に近侍する場面はない。だが今日は姫と二人のごくささやかなお茶会。うちとけた雰囲気になるだろう場に居合わせられれば、近衛にも親しくお声がかけられることだろう。近衛たちの夢ふくらむ朝だった。

 とはいえ相手はエイジェルステット家のお方。姫のお供は誰にするか、人選は重要だった。

 クラーエスは、近衛たちががっかりするほど躊躇なく指名した。

「アルノルド、頼む」

「ああ」

 ヴェステルベリ伯爵家の長男はうなずいて、ポケットからのぞかせた白手袋を軽く叩いてみせた。

「あとの一人はわたしだ」

 クラーエスが当然のように告げる。

 近衛たちの間に失望が流れたが、心の底では最初から諦めもあった。世襲一等公爵家の嫡男と王族出身の方を母に持つヴェステルベリ伯爵家の長男が同僚にいる限り、順番は回ってこないのだ。

 他にもあれこれと手配を告げて、

「以上だ」

 クラーエスは打ち合わせを終わらせた。

 ほとんどの近衛たちはそれで散ったのだが、マグヌス・スレッソンだけがぐずぐず残り、随行に指名されたアルノルドに近づいた。

「アルノルド、お腹は痛くないか?」

「え? いや、いたって快調だよ。なぜ? さっきの軽食によからぬものでもあったのか?」

「いやいや。足をくじいたりは? なにやら気分がすぐれない、とかは?」

「マグヌス、なぜそんなことを訊く?」

「いや、もしかしたら、と思っただけだよ」

「お供を替わってほしいんなら、はっきり言えよ。だが、みんなはどう思うだろう」

 2人は出て行く同僚たちの背中を見やった。

「文句の出ない人選はクラーエスも頭を痛めている。実は数日前から頼むと伝えられていたんだ」

「だろうな」

 マグヌスはにっと奇妙な笑顔を作った。

「まあでも、もし万が一、お腹が痛くなったり頭が痛くなったり足をくじいたりしたら、いつでも声をかけてくれ。今日限定だけど」

 アルノルドは回りくどい同僚に、にやりと軽い肘鉄を喰らわせてやった。


 ウルリーカ姫を乗せた馬車はとどこおりなく城を出発し、エドヴァルド王弟殿下の屋敷へと軽やかに走り出した。

 随行は筆頭近衛クラーエス・アールストレームとアルノルド・ヴェステルベリで、二人の騎馬も華やかな馬具をあしらわれて馬車の前を駆けてゆく。

 一行が門を出てじゅうぶんに遠ざかると、玄関口に整列して見送った近衛たちはぶらぶらと城内へ戻った。

「近衛にはなれても、あのふたりとは家格が違いすぎて、こっちは雑用ばかりだよ」

 道すがら、近衛の同僚たちの愚痴がはじまった。

「クラーエスとアルノルド、血縁も濃い幼馴染同士」

「体格も似ているしな」

「太刀打ちできるわけがない」

 あのふたりは、近衛が並んだ時すべてが均一であるのをよしと信じる伝統的な人々に不揃いな印象を与えない、最強の組み合わせなのだ。近衛たちもわかっている。

「マグヌスなんて、家格は一番下なのに背は一番高いから、真っ先に消される選択肢だもんな」

 一人が笑って言い出したので、マグヌスもおどけて肩を落としてみせた。

「まったくだよ」

 だが、それでも。

 マグヌスはチラリと馬車列の最後尾の人馬を振り返った。

 今日はエドヴァルド殿下夫人と姫のごくささやかなお茶会だ。ごく私的な場合なら、あるいは自分が随行できるかもしれないと、マグヌスも数日前からあらぬ期待を抱いてしまっていた。エドヴァルド殿下ご自慢の図書室には、古代文明イェスタのすぐれた図録が多数あるとの噂で、マグヌスは大いに興味惹かれていたのだ。まさか近衛がお茶会のついでに殿下の図書室を見せてもらえるとは思わない。だが、何かちらりとアピールできたら、殿下の耳に入り記憶に残り、いつかなにかしらの機会が巡ってくるかもしれないのではないか、と。(はかな)い夢だった。

 先に戻る近衛たちが、まだたわいのない愚痴に興じている声が遠くに聞こえた。

「ウルリーカ姫とエリノルさまって似合うと思わないか? かわいい姫と美しい魔法使い。絵になるよ。みんな内心ではそう思っているだろう?」

「勇気のあるヤツだ」

 マグヌスはつぶやいた。

 クラーエスと近衛の同期という、アールストレーム世襲一等公爵家との得難い縁故。しかも、姫と結婚して将来は女王の配偶者たる王配(おうはい)となることが約束された男との。この稀なる幸運を手放しかねない危険な発言だと、本人は気づいているのだろうか。

 マグヌスは思わず笑った。

「俺も飼いならされた犬になったな……」

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