リンドブラードの塔の主 1
「クラーエス、ようやく帰都したな」
ときおり側近と会話をしていた王が、思い出したように背後へ声をかけた。
国王の行列は城の地下階へ向かっていた。いくつもの角を曲がり、階段を降り、渡り廊下を通ってまた階段を降り、城の古層部に至って、狭く古びた廊下を歩いていた。
列の最後尾にいたクラーエスは、うながされて王のそばへ急いだ。
「国家の英雄殿が亡くなられて、もう一年が過ぎたか」
王の声は感慨深い。
国家の英雄。それはクラーエスの祖父のことだった。
クラーエスは王家の近衛だ。それは将来を嘱望された若い貴族の男子が最初に任じられる公職。王家の方々に近従するもので、国家の英雄を祖父に持つ世襲一等公爵家の嫡男ならば当然の任命だった。
「はい。喪があけましたので、戻ってまいりました」
喪は一年。その間は領地で過ごすのがこの国の習わしだ。
「風貌が祖父殿によく似てきたな、うん。そなたにも祖父殿のように、しっかり仕えてもらうぞ」
「は」
王が手を振った。話は終わったのだ。クラーエスは最後尾に戻った。
行列が止まった。
「クラーエスはここまでだ」
小さな扉の前で王は言った。
「ここで見張っておれ。誰も通すな」
「はっ」
国王はクラーエスだけを残し、側近や臣下らを引き連れ部屋へ入っていった。
なんの話し合いだろうか、こんな寒々しい地下に降りてきて。重鎮ばかりがそろっていたからには、よほどの重要事項と思われるが。
だが、この先はまだ近衛にすぎないクラーエスには踏み込めない禁忌の園。近衛は王族の護衛。大臣や顧問とは違うのだ。
顎を引き、クラーエスは近衛に定められた立ち姿で扉を塞ぎ立った。
目の前の壁は城が建てられたばかりの頃のもっとも古い石積み部分だ。通路は狭く天井も低く、全体がどこかゆがんでおり、頭上の城の重さがのしかかってくるような錯覚を呼ぶ。そんな壁を見据えてどれだけ時間が過ぎたのか感覚がぼやけはじめた時、遠くに軽い足音が聞こえ、クラーエスははっと顔を上げ背筋を伸ばした。
頭を巡らせると、廊下のくらがりの先に、ぼんやりと闇の色をした塊が目に入った。
目を凝らす。だんだんと近づいてくる。
人だ。
長衣を着ている。
闇色の長衣。
古風な襟元。
ごく簡素ながら独特の衣装。
あれは、冥衣ではないか。
葬送時、死者の亡骸に着せる死装束だ。
死者か? いや、まさか。
「何者だ!」
クラーエスは鋭く誰何しながら剣に手をかけ、その者をさっと検分した。
背はそれほど高くなく、特に武術の心得がある身ごなしではない。武器はない。忌むべき冥衣だったが、やわらかさがある。それらを素早く確認し、顔に目をやる。
すると、不審者かそうでないかを探るクラーエスの厳しい視線とまともに出会ったというのに、その者は怯みもなくふわりと微笑んだ。
「死人では、ない、よう、だが?」
冥衣の者が小さく笑った。生者の温かみがある。確かに死者ではないのだ。年頃は自分と離れていないようだった。
「国王陛下はこちらですか?」
「人払い中だ」
「僕も呼ばれているのだけれど」
「わたしは誰も通すなと命じられている。誰かを招いているとは聞いていない。まして冥衣の者など、通すわけにはいかない。国王に会おうとする者にふさわしくない」
「ああ、これですか?」
彼は両手を軽く広げ、闇色の長衣を見下ろした。
「国王はご承知です。聞いてませんか? これまでは問題なく通してもらえました」
「そんな言葉だけで、それならばどうぞ、と通せるわけがない」
「そうですよね。うんー、困ったな」
困ったと口にしたほど困った様子でもなく、彼はクラーエスの背後、王のいます部屋へまなざしを向けた。
それは一瞬だった。
彼の瞳が底知れぬものを宿したのをクラーエスは見た。歴戦の剣士に劣らぬ強さ、なにものにも屈せぬ力がさっときざしたのだ。クラーエスの直感が告げた。この者は、見かけとは違う。
すぐに奥の扉が開き、背を丸めた王の側近があらわれた。
ルーペルト・ベルツェーリウスだ。文学修士、医学士、外科医学士、魔術研究では右に出る者のない王国でも屈指の賢者。クラーエスの祖父と並んで「国王の左右のまなこ」と呼ばれる重鎮だ。
「かまわないから、お通ししなさい」
「は」
重鎮にそう言われれば、クラーエスは礼儀正しく一歩下がるだけだ。
「不適任な者を配置したようです。失礼いたしました。これはクラーエス・アールストレーム」
「クラーエス」
冥衣の若者がその名をつぶやく。
クラーエスは丁寧な会釈をした。丁寧だが、王家に次ぐ世襲一等公爵家の嫡男にふさわしい、ごく軽い会釈を。
今度は自分が紹介されるものと思い、クラーエスは待った。互いの名を知り、握手をする、一連の社交的やりとりを。ところが、
「陛下がお待ちです」
ベルツェーリウスがこれで話は済んだと若者をいざなった。国務大臣も出てきていて、冥衣の若者へ強い敬意がこもった会釈をし、部屋へ招き入れた。国王の秘書も恭しく腰を折った。
そして、人々がクラーエスに背を向けた。戸惑っているうちに全員、部屋に入る。扉が静かに閉じられた。
「これはどういうことだ」
廊下にひとり残されて、クラーエスは呆然となった。
クラーエスはアールストレーム家の人間。建国以来の世襲一等公爵家、王家に次ぐ家柄だ。その嫡男を、ないがしろにできるとは。
あれは、いったい、何者だ?
この物語は、2000年代に個人サイトにアップしていたものを加筆修正し、PCを処分するにあたり個人的な保存も兼ねて、こちらに登録したものです。
当時、「リンブラ」と略称呼びをいただき、二次創作の許可を求められたのは、よき思い出です。




