運命を変える出会い
六日目の朝を迎え、目が覚めた。硬いベンチで肩から背中がこわばっていた。
夏なのに空気は妙に冷たく、持ってきた服を重ね着しても体温はどんどん逃げていった。
池では小魚が跳ねる水音が、あちらこちらで響いた。
もう煙草を買うことも、あんパンを買う事もできない。
携帯はバッテリーが切れ、何の役にも立たないおもちゃ同然になっている。
腹が鳴るが、もう何も口にできない。体を動かすたびに、体力が奪われていく感覚。
立ち上がって公園内を歩くと、砂利を踏む音が、自分の耳にやけに大きく響く。
日比谷公園に来てから何度も通った道なのに、景色が違うように見えた。
木々の緑は鮮やかで、池は陽光を反射してキラキラしている。なのに、その静かな美しさが逆に苛立ちを煽った。
「どうしたら……」
僕は思わず声に出して呟いた。
僕は何となくめぐりあいの泉へと向かった。
まだ朝で、人影はまばら。僕はベンチに座って、ただぼんやりと通勤のために早足で歩く人々を見つめた。
(今日一日、何も食べずに耐えないと……。耐えられたとして、明日は?明後日は?)
面接の結果はもうわからない。先方に直接行っても、連絡が取れない人間を相手にするはずがない。
ナンパは惨敗続き。声をかける気力すら、だんだん萎えていく。
ギターを弾いて金を稼ぐ? そんな度胸も技量もない。
バイトを探す? 住所も電話番号もない僕を即決で雇ってくれるところなんてあるのか?
どれもこれも、答えが出ない。
考えれば考えるほど、堂々巡りになる。
頭の中がぐるぐる回っても、出てくるのは名案ではなく苛立ちだけだった。
大切に吸わないとと思っていた煙草もどんどん減っていった。
そして遂に最後の一本に火をつけた。
公園のに戻った僕は、もうない事はわかっているのに、ポケットの奥を何度もまさぐった。指先にタバコの箱の感触が残っている気がして、何度も何度も探した。
結局、何も出てくるはずもなかった。
未練たらしくポケットにしまっていた赤ラークの空き箱を握り潰し、投げ捨てた。
煙草がない苛立ちが、さらにイライラを増幅させた。
指が震え、唇が乾き、喉が焼けるように渇いている。
(吸いたい……。一服だけでもいいから、吸いたい……)
その欲求が、頭の中を支配し始めた。
僕は我慢できずに落ちている新聞紙を丸めて捻ってそれを咥えてす~っと吸いながら火をつけた。
辛い煙が喉に直撃し、むせて涙が出た。
夕陽が傾き始めても、僕は同じ場所に座っていた。
同じ場所で思案も尽きて途方に暮れていたという方が正解かもしれない。
夕日もずいぶん傾いた頃、座っている同じベンチに一回りくらいだろうか、もう少し上だろうか、年上の男性が座ってきた。
(他のベンチ空いてるのに、何でわざわざ隣に?)
そう思いながらもここは自分の場所という思いがあり、僕は他のベンチには移ろうとはしなかった。
しかし、他のベンチが空いてているにも関わらず、隣に座ってくる人が度々いた事を思い出した。
(東京と関西の違い?)
そんなことを考えていたその時、その男性が静かに口を開いた。
「もしかして、お腹減ってる?」
僕は驚いて顔を上げた。相手は穏やかに笑って、煙草を咥えて火をつけた。
そして、一本どう?と言うように僕に煙草の箱を差し出した。
僕は震える手で受け取り、火をつけた。本物の煙が肺に染み渡る。生きている実感がした。
「……はい」
「近くの店で飯食わせてあげるよ。代わりに、ちょっと話聞いてくれない?」
その言葉に、僕は一瞬迷った。でも、空腹と煙草への渇望が、理性より先に動いた。
「……お願いします」
男性は立ち上がり、僕を促した。僕はベンチから立ち上がり、ついていった。
近くの小さな中華屋に入り、僕はラーメンと餃子とライスを注文した。
熱々のご飯と餃子の匂いが、胃の底から空腹を呼び起こし、僕は黙々と食べた。男性は隣でビールを飲みながら、ぽつぽつと自分の話を始めた。
名前は桐生寛太郎さん。昔、地方から役者を目指して上京して苦労した事。今も無名でバイトを続けながらも役者として食べている事。
僕はただ頷きながら聞いていた。
食事が終わり、店を出る頃には完全に夜になっていた。
「明日もあそこにいる?明日もまたご飯食べよう」
寛太郎さんはそう言って、別れ際に千円札を一枚握らせてくれた。
僕は言葉に詰まりながら、ただ頭を下げた。
さっそく煙草を買い、公園に戻り、いつものベンチに座った。
そして煙草に火をつけた。煙の味が口の中に広がった。
読んでいただき、ありがとうございます。
かなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
そのまま書くとこのエピソードのみR18になってしまいそうで、回避の仕方を考えているうちに時間がたってしまいました。
文章を書くのは初心者ですので、読みづらいところは多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。




