第1章2 【 確認事項が多すぎるんですが 】
事情聴取、という言葉にはもっとこう、
白い部屋とパイプ椅子とコーヒーくらいは用意されているイメージがあった。
実際は違ったが。
「……車、揺れません?」
「防振加工です」
「それはそれで怖いです」
俺は今、黒塗りのワンボックスカーの後部座席に座らされている。
窓の外は見えない。というか、見せる気が無い。
向かいに座っているのは、さっきの黒スーツの女だ。
「改めて自己紹介を」
そう言って、彼女は名刺のようなカードを差し出した。
――所属:異常観測局
――氏名:一ノ瀬 新
「……公的機関ですか?」
「公的です」
公的なんだ。
「今日はあなたにいくつか”確認”したいことがあります」
いやな予感しかしない。
「それって拒否権とかは……」
「あると思います?」
無いようだ。
まあ、知ってたけど。
一ノ瀬はタブレットを操作しながら続ける。
「まず能力についてです」
「無いです」
「即答ですね」
そりゃそうだ。無いものは無い。
「あなたは昨日まで、自分が能力者だと疑ったことは?」
「ゼロです。
宝くじも当たりませんし、テスト前に都合よく事故も起きません」
「わかりやすい指標ですね」
褒められてない。
「では次。
事件発生時、あなたは何をしていましたか?」
「コンビニの前でニュース見てました」
「その前は?」
「バイトです」
「特別な感情は?」
「早く帰りたい」
一ノ瀬は一度だけ、視線を俺に向けた。
「恐怖は?」
「……ありました」
「どの程度ですか?」
少し考える。
「おそらく……人生でトップ3には入るぐらいかと」
「なるほど」
タブレットに何か書き込む。
会話は淡々としているのに、質問の一つ一つが、妙に核心を突いてくる。
「逃げようとは?」
「しました。でも――」
「でも?」
「体が動かなかったんです」
その瞬間、一ノ瀬の指が止まった。
「自発的ではないと」
「はい」
「誰かを助けようと?」
「……正直、そんな余裕はありませんでした」
嘘ではない。
あの場面では、自分のことで精一杯だった。
なのに。
「では、なぜあなたは”そこに留まった”のだと思いますか?」
答えられなかった。
わからない。
本当にわからない。
「……続けます」
一ノ瀬はタブレットの画面を切り替える。
「暴走していた能力者は、空間歪曲系でした」
交差点の”歪み”を思い出す。
「通常、制圧には専門部隊が必要です。
ですが現場では――」
彼女は一瞬だけ、言葉を区切った。
「圧倒的でした」
いやな汗が背中を伝う。
「映像記録では、あなたが接触した瞬間、歪曲が消失しています」
「……触った?」
「正確には、触れる必要がなかった」
意味が分からない。
「あなたは、相手の能力そのものを”成立”させなかった」
ぞくり、とした。
「そんなのできるわけ――」
「通常はできません。ですが――」
一ノ瀬は静かに言った。
「ですが、条件付きで例外は存在します」
条件。
その単語に、胸の奥が嫌な反応をする。
「極度の危機。
逃げ場のない状況。
心理的な”断念”」
彼女は俺をまっすぐ見た。
「あなたは、そのすべてを満たしていました」
思い出す。
足が動かなかったこと。
静かになった心。
生きるのを諦め、死を受け入れる。
「発動中の記憶が無いのも、符合します」
「……じゃあ俺は」
喉が渇く。
「能力者なんですか」
一ノ瀬は、首を横に振った。
「いいえ。まだ、定義できません」
それが一番怖かった。
車が止まる。
「これから簡単な確認テストを行っていただきます」
「テスト……ですか」
「はい。危険なものではありませんのでご安心を」
信用できるわけがない。
ドアが開き、白い建物が見える。
一ノ瀬は言う。
「安全な環境では、あなたは”何も起きない”。だから――」
彼女は淡々と続けた。
「安全圏を、少しだけ壊します」
どうやら俺は、
自分が何者なのかを知るために、
自分の一番嫌な状況に立たされるらしい。




