第1章1 【 安全圏の外側 】
目を開けた瞬間、まず思った。
――あ、これ生きてるやつだ。
視界がぼやけている。
耳鳴りがうるさい。口の中がやたら苦い。
「……っ、さむ」
体を起こそうとして、やめた。
無理だ。全身が鉛のように重たい。
アスファルトの冷たさが、背中越しに伝わってくる。
さっきまで普通に歩いていた交差点の真ん中で寝転がっている。何もせずに。
サイレンの音。
赤色の光が、夜の街を塗り替えていた。
「能力者は制圧済み! 周囲の安全確認を急げ!」
拡声器越しの声が響く。
制…圧? 安全確認?
……え?
ゆっくりと首を動かすと、視界の端に”それ”が映った。
ひっくり返った車。
砕けた歩道。
折れ曲がった街頭。
原型をとどめていない、交差点の中央。
「……なにこれ」
俺、こんな場所にいたっけ。
さっきまで、コンビニの前でニュースを見ていただけだ。
能力者の事故がどうとか、他人事みたいに。
それなのに。
「動くな」
低い声。
気づくと、黒いスーツを着た女が俺を見下ろしていた。
警察……ではなさそうだ。
スーツはやけに簡素で、腕には見慣れないエンブレム。
「意識はありますか?」
「あー……たぶん」
声が自分のものじゃないみたいだった。
震えているのがわかる。
「お名前を」
「……名乗るほどの者じゃないで――」
「お名前を」
「……新宮俊です。」
「……確認します。
あなたは、ここで起きた能力者の暴走に巻き込まれました」
「……でしょうね」
むしろそれ以外の説明が思いつかないんだが。
「重傷者はおろか、死者も出ていません。」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
死傷者がゼロ?
あんな”歪み”が起きて、誰も死んでないのか?
「代わりに――」
女は、俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「暴走した能力者は、完全に無力化されています」
……は?
「「それ、警察とかが?」
「いいえ」
女は首を横に振った。
「あなたです」
思考が止まった。
いやいや、聞き間違いだ。絶対そうだ。
「またまたご冗談を」
「あなたです。まあ正確に言えば、あなたが”発動”した何か、ですが」
発動。
その単語に、心臓が嫌な音を立てる。
「我々は、能力者の発言を観測しています。
ですが――」
女は少しだけ、言葉を選ぶように間を置いた。
「あなたのケースは、記録にありません」
背筋が冷えた。
「能力の兆候は無し。登録も無い。
にもかかわらず、結果だけが存在する」
女は続ける。
「まるで、条件を満たしたときにだけ”発動”するような……」
やめてくれ。
それ以上言わないでくれ。
俺はただ、安全に生きていたいだけだ。
目立たず、関わらず、巻き込まれず。
「安心してください」
女はそう言って、わずかに口角を上げた。
「まだ、あなたを能力者と断定するつもりはありません」
「……まだ?」
「ええ。確認が、必要ですから」
確認、ね。
最悪だ。
どうやら俺は――
一番なりたくなかった側の人間に、片足を突っ込んでしまったらしい。




