第1章15 【 『動かない』という罪 】
異変は、音から始まった。
――ゴンッ。
遠くで、鈍い衝撃音。
隔離室の壁は厚い。
普通なら、何も聞こえないはずだ。
――ゴンッ、ゴンッ。
今度は、はっきり。
「……何の音だ?」
俺は、ベッドから起き上がる。
モニターを開くが、異常なし。
警告も、アラームも鳴っていない。
――ドンッ!
今度は、聞き間違いじゃない。
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感。
いや――
条件の手前に立たされる感覚。
「落ち着け」
俺は、壁に背を預ける。
「選んじゃだめだ。
動いちゃ、ダメだ」
そう決めた。
それが、俺のやり方だ。
――ガラスが割れる音。
続いて、複数の足音。
通信モニターが、一瞬だけノイズを走らせる。
「……七瀬…か?」
返事は無い。
代わりに、
視界の端に、
線が、浮かんだ。
細く、淡い線。
まだ、切れるほどじゃない。
「……消えろ」
目を閉じる。
だが、線は消えない。
むしろ、
部屋の外側へ、線が集まっていく。
――向こうから、選択肢が迫ってくる。
「……っ」
モニターが、突然切り替わる。
映し出されるのは、
施設の別区画。それと――
「七瀬……!」
画面の中心に、七瀬が映っている。
息を切らし、
腕を押さえている。
彼女の前に立つのは、
見知らぬ男。
「あらら、制御失敗しちゃったか」
男は、笑っていた。
「位相跳躍。
厄介な能力だね」
七瀬が、歯を食いしばる。
「近づくな……!」
次の瞬間、
男の身体が、半分だけ”ズレた”。
空間と嚙み合わず、
異常な姿勢で立っている。
――能力者。
しかも、暴走型。
「……これは」
喉が、ひくりと鳴る。
助けるか。
助けないか。
ゲームのように、選択肢が目の前に出る。
「……選ばないって決めたんだ」
俺は呟く。
大丈夫。
七瀬なら、逃げられる。
アイツには、位相跳躍がある。
そう、思っていた。
だが、
「……っ!」
七瀬が、膝をついた。
能力の使い過ぎだ。
男が、ゆっくり近づく。
「何?もう終わりなのかい?」
楽しそうな声。
その瞬間。
胸の奥が、冷たく静まった。
ああ。
これだ。
俺は、理解してしまった。
――動かないことも、選択だ。
七瀬が傷つく未来を、
俺は今、確定させようとしている。
「……クソがっ」
目を開ける。
線が、世界を覆っている。
濃く、鋭く。
今までで一番、はっきりと。
「選ばないってのは……」
声が、震えた。
「誰かを、見捨てることなんだな」
身体が、勝手に前へ出る。
ドアに、手を伸ばす。
ロックが、意味を失った。
触れた瞬間、境界が断たれる。
隔離室の扉が、
音もなく、消える。
次の瞬間、
世界が、
切り替わった。
断絶者は、
「動かない」という選択を、
完全に、否定した。




