第1章10 【 のっと りめんばー 】
倉庫に入った瞬間、
胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。
「……やはり…ですか」
私は、足を止める。
空間が、変だ。
壊れていない。
焦げてもいない。
血の匂いもしない。
なのに――
ここは一度、世界が”断たれた”場所だ。
何度も能力者の現場を見てきたが、こんな感覚は初めてだ。
「人質は無事。犯人は……消失」
後ろで、部下が報告する。
「消失ですか?」
「はい。存在そのものが、記録上から――」
「もう、いいわ」
私は、少年の方を見た。
床に座り込み、頭を押さえている。
「……大丈夫ですか?」
声をかけると、少年はゆっくりと顔を上げた。
「……えっと」
目が、合う。
その瞬間、背筋が凍る。
目が、まるでサファイアのように蒼く輝いていた。
この目は”発動中”の目だ。
でも、”そんなのはあり得ない”。
彼はもう、能力を使っていないはずだ。
「……一ノ瀬……さん?俺、何してました?」
声が震えている。
「気がついたら……頭の中に、変な映像が……」
私は、息を止めた。
「映像……ですか?」
「……なんか」
彼は、言葉を探す。
「線?みたいなのが……世界にいっぱい走ってて」
――あり得ない。
断絶者は、発動中の記憶は残らないはずだ。
それが、彼の”条件”で、代償のはず……
この間に、独自で進化でもしたというのか?
「……それ以上、思い出さなくてもいい」
私は、少し言葉を強くした。
「え?」
「今のことは、忘れなさい」
少年は、きょとんとする。
「でも……」
「いいから」
私の声は、思ったより固かった。
「それは、覚えなくていいもの……”覚えてはいけないもの”だから」
少年は黙り込む。
数秒後、小さく笑った。
「……ですよね」
その笑い方が、何故かひどく胸に刺さった。
「どうせ僕なんて、役に立ってないですよね」
違う。
そんなことを言わせたいんじゃない。
私は、思わず拳を握る。
「あなたは――」
言いかけて、止めた。
今、事実をそのまま伝えるのは危険だ。
彼は……
自分が”何”なのかを知らない。
自分に”何”が起きたのかも知らない。
「今日は、保護対象として動いてもらう」
私は、立ち上がる。
「詳しい話は、またあとで」
「……はい」
少年は素直に頷いた。
でも、
歩き出す直前、
彼は小さく呟いた。
「……あの人」
「犯人ですか?」
「……はい。なんか、ちょっとだけ」
少年は、困った顔で言った。
「……可哀想だなって、思った気がしたんです」
その言葉に、私は言葉を失った。
断絶者は、感情を伴わない。
ただ、条件を満たして、壊す。
それだけなのに、
彼は覚えている。
壊したはずの”向こう側”を。
「……なんて、気がしただけなんですけどね」
小さく笑う少年。
私は、少年に――
以前よりも大分幼くなった彼に、
笑いかけることができなかった。
この少年は――
想定より、ずっと危険だ。
そして同時に、
誰よりも、壊れやすい。




