第5話:月夜に語る予言と影の輪郭
夜の帳が町を覆い、診療所の小窓から月光が差し込む。
コポルが肩で小さく鼻を鳴らし、瑠璃を見上げる。
「今日の患者は……少し特別です」
——この日、診療所を訪れたのは、遠方からの旅人。
目の奥に不安と記憶の混乱を抱え、瑠璃の診察室にそっと足を踏み入れた。
「天城瑠璃様……私、昨夜のことが思い出せないのです」
旅人の声は震え、言葉の端に恐怖が滲む。
「どんな症状か、少しずつ話してくれますか?」
瑠璃は微笑み、肩に乗ったコポルを撫でる。
話の断片から浮かび上がったのは、月夜の庭園、消えた影、そして不自然に空白になった記憶の時間。
——すべて、これまでの患者と共通している兆候だった。
瑠璃は静かに薬草を取り出し、温かいハーブティーと香草蒸気で旅人の心を落ち着かせる。
「香りを意識し、ゆっくり呼吸をしてください。思い出せないものも、少しずつ整理されます」
旅人が目を閉じ、深呼吸を繰り返すと、やがて口を開いた。
「……月夜……古い館……誰かが、何かを奪っていった……」
瑠璃は頷く。「その記憶の断片は、偶然ではありません。必ず意味があります」
すると旅人は、最後に口ごもるように言った。
「でも……最後に見たのは、月が落ちる瞬間……そして、未来を告げるような声……」
瑠璃の心が小さく跳ねる——
——これまでの公爵、侍女、村の子、そして旅人。
すべての症状、香り、夢は繋がっていた。
失われた記憶を狙う影の組織が、月夜を軸に計画を進めているのだ。
「わかりました……次の月夜までに、全貌をつかみましょう」
瑠璃は深く息をつき、コポルの頭を撫でた。
診療所の窓から見える月は、銀色に輝き、夜を静かに見守っている。
——この世界の夜は、美しくも危うい。
そして私は、この診療所で小さな奇跡を紡ぎながら、陰謀の輪郭を少しずつ浮かび上がらせる。
小さな診療所は今日も、奇跡と秘密、そして月夜の予言を紡ぎ続ける。
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