第3話:発疹の領主と不穏な手紙
朝の光が診療所の窓から差し込む頃、瑠璃は今日の患者の資料を確認していた。
コポルが小さな瓶の蓋をつつきながら遊んでいる。
「今日の患者は……領主様か」
侯爵家の領主、カレル公爵。ここ数日、原因不明の発疹と倦怠感で診察を受けたいという連絡があった。
瑠璃は息を整え、診療道具を手に取り、領主の到着を待った。
扉が開き、落ち着いた足取りでカレル公爵が入ってくる。
「天城瑠璃様……私の症状を見てもらえると聞き、参りました」
瑠璃は微笑んで応える。
「公爵様、どうぞこちらへ。少し症状を教えてください」
公爵の腕や首に、赤い小さな斑点が点在している。熱は微かにあるが、高熱ではない。
「突然、発疹が出始め、夜も眠れず……原因がわからず、困っております」
瑠璃は腕まくりをして丁寧に観察し、古い書物と自前のメモを照合する。
「発疹のパターンからすると……これはハーブの接触か、もしくは……心理的要因が絡む症状ですね」
「心理的要因……?」
公爵は眉をひそめる。
瑠璃は少し間を置き、慎重に言葉を選んだ。
「公爵様の症状は、体だけでなく心も関係している可能性があります。最近、何か心配事や不安な出来事はありませんか?」
公爵は黙ったまま、少し目をそらす。
「……ここ数日、手紙が届くようになった。中身は消えた記録、あるいは消される前の事柄を示すような……奇妙な文章ばかりだ」
瑠璃の心が小さく跳ねる——
——これは、失われた記憶を狙う者の兆候かもしれない。
「では、まず発疹の治療から始めましょう。こちらの軟膏を塗り、さらに心を落ち着けるハーブティーを併用します」
瑠璃は調合済みの薬を手渡すと、同時に公爵に香草蒸気を吸わせる。
「深呼吸をしながら、香りを意識してください。心が落ち着くことで、症状も和らぐはずです」
数時間後、診療所の窓際で公爵は落ち着いた表情を見せた。
「……不思議だ、胸のざわつきが消えた気がする。発疹も少し落ち着いた」
瑠璃は微笑む。「症状の原因は複合的ですが、安心できる環境を作ることが回復の第一歩です」
公爵が帰ると、瑠璃は机に置かれた手紙を手に取った。
その封筒は古びた羊皮紙で、見覚えのあるシンボルが押されていた——
——月夜の記号。
「……これは、確かに計画的なものね」
瑠璃は小さく息をつき、コポルを肩に乗せる。
「小さな症状の背後には、大きな影が……少しずつ明らかになる」
診療所の静かな室内に、月光が差し込み、瑠璃の決意を映す。
——この世界で、忘れられた記憶と秘密を、私は必ず解き明かす。
小さな診療所は今日も、奇跡と謎を紡ぎ始めた。