事前準備④ ―ナイフの逆鱗―
僕は一通り話し終わり、ナイフに問いかけた。
「まあそんな感じだ、君は持ち主を殺したんだろう?
それは自分の意志だったのか?それとも僕と同じ体が勝手にやってしまったのか?」
そう僕が言っても、ナイフはずっと怒りのような雰囲気が出ていただけだった。
「まあ後者だったんだろうな、だって失格者なんだから」
そういうと、ナイフの怒りのような雰囲気が増した気がした。
「あんまり怒らないでいいだろう?別に失格者同士なのだから、気楽に行こうじゃないか」
僕がそういうと、透明な箱の扉のようなものが動いた気がした。
「ようやく僕を拒否しなくなってきた?」
梯子の上の蓋から少しの光が差していた。
――もう外は明るくなり始め、大体3時頃になっていた。
(よし、これですぐに準備終わらせて寝よ)
僕がそんな呑気なことを考えながら、箱を見つめていると、ナイフが揺れているように見えた。
「ほら、扉を開けようか」
僕が箱の扉を開けようと、手を掛けた時だった。
ブゥゥンッ
そんな大きい音と共に、ナイフは刃を僕の方へ向け、首へと飛んできた。
座っていたこともあり、すぐには立ち上がれず仰向けに倒れた。
バタッ
「なんだッ」
自分の首にギリギリ到達しない程度のところで、止めることが出来た。
――止めた右手はナイフの刃を持ち、拒否されたときのビリビリ感と血がポタポタと垂れていた。
「どうしたんだ?」
そう僕が問いかけても、ナイフの力はどんどん増すばかりだった。
――その時のナイフから漂う雰囲気は、『怒り』一択だった。
「なぜ怒っているんだ?」
僕が問いかけるたび、強さは増していった。
(なんかまずいこと言ったか?)
思考を巡らせたが僕の頭では答えは出なかった。
(これでも、、、これでもない)
僕は自分が言った発言を一つ一つ思い出した。
だが、、、
(ない、、、)
僕はそう思いながら、右手でグッとナイフの刃を握る。
そして僕は体を起こそうとしたが、ナイフの力は僕の何倍もあり、起き上がることは出来なかった。
(どうすれば、、、)
そんな考える時間にも、ポタポタと血は流れ、腕を伝って肘まで流れ始めていた。
その時、自分に言われた残酷で無慈悲であり、現実を押し付ける言葉を思い出した。
『そういうことね、、、やっぱり【失格者】だったのね』
その時、僕はナイフの気持ちを理解した。
(今まで相手の視点で考えていなかった、、、)
ナイフの気持ちは、僕が言われたときの気持ちと同じだ。
――心ではわかっているのに、認めたくない複雑な気持ちだ。
「なあ、今怒っている理由がわかったよ」
そういうと、『嘘つけ』と言わんばかりにまた力が増し、僕の喉仏にナイフの先が刺さり、喉からも血が流れ始めた。
「お前は失格者と言われたことに怒っているだな」
そういうと、また力が増した。
「思い返して、僕も同じ気持ちだったよ。
心ではわかっている、理解しているのに自分自身が認めたくないっていう気持ち。
でもな、君はもう『失格』という言葉からは逃れられないんだよ。
僕も同じだ、もし呪縛が解かれたとしても人を殺した罪は変わらない、、、」
僕がそういうと『黙れ』と言わんばかりに大きく力が増した。
――ナイフの先は僕の喉仏より奥まで進行していた。
「一つ聞きたい、君はなんで今こんなことをしているんだ?
もし『黙らせる』ため、『怒り』のため、『保身』のためなら、やめた方がいい。
君がもし僕を殺したとき、君を救う人を失くすと同時に、さらに『失格』が強くなる」
そう言ってもナイフは、弱まることを知らず僕にどんどんと刺してくる。
「本当にいいのか?君はさらに自分を苦しめることになる」
そう言っても、ナイフにも『覚悟』があるように感じた――気持ちが揺らぐなんて以ての外だ。
その時、ナイフはもう半分程度になっていた。
その時だった。
ギシッ、ギシッ
そんな梯子を下りる音がした――僕が音が鳴る方を見ると、そこには村長が居た。
僕の状態を見ると同時に村長は叫び、僕の方へ来ようとした。
「シライ君!大丈夫か!今…」
僕はその叫びを遮った。
「来ないでください、これは僕とこのナイフの覚悟の戦いなんです。邪魔をしないでください。」
そんな霞んだ声で叫んだ――そういうと、村長は足をピタリと止まった。
(信用してくれているんだな)
僕はそんな感動をすると同時に、ナイフに言った、
「君は自分自身を変えないのか?どんなに、どんなに消えることのない烙印があるとしても!
自分自身を苦しめる理由にはならないッ、君を救えるのは、同じ境遇の僕だけだッ」
そういうと、ナイフの力は少しだけ弱まり、刺された最初の状態まで戻ることが出来た。
そして僕はまた霞んだ声で言った。
「なあ、もう孤独は嫌だろ?淋しい一生を過ごすのは嫌だろ?
僕に就け、君をナイフの最高到達点まで連れてってやるよ、でも君も僕を最高到達点まで連れてってくれッ
もう僕の覚悟はわかっただろう?君の覚悟を僕はわかった、理解出来たさ」
そういうと、ナイフから漂う雰囲気は『怒り』から『寂しさ』へと変わった。
そして僕の手に流れていたビリビリとした感触は和らいで行った。
「君は僕を受け入れてくれるのか…?僕はもう受け入れているよ」
僕がそういうと、ビリビリとした感触は無くなり、力ももうほとんどなくなった。
急いで、首からナイフを抜き、起き上がり、刃ではない本来握られる場所を握り、ナイフを見つめて村長には聞こえない程度の声で囁いた。
「君に失格者という言葉と堕天使という名前は合わないかもしれないな、、、」
その間に村長は僕の方へ走ってきていた。
「シライ君…終わったのか?」
「はい、すみませんね、待たせてしまって、覚悟の戦いは終わりました」
「いや…その首の傷といい、右手の傷…」
僕はそう言って、立ち上がった。
村長は心配そうな顔で僕の顔を見つめていた。
「大丈夫です、逆に僕はこの傷を誇りに思っています」
「な…なぜだ?」
「だってこの傷は、このナイフの覚悟と僕の覚悟の、衝突の傷ですから」
「そう…なのか」
「はい、なので心配も手当もしなくて大丈夫です。ていうかもう出発の時間なんですね」
「あぁ、そうだが、、、」
「なんですか?何かありましたか?」
僕は首を左に傾けた。
――この時の僕の見た目はまるで悪魔のようだっただろう。
右手の手のひらには血が滲み、真ん中に大きい傷、そこから流れる血が肘まで伝ったと見られる血の乾いた痕、そして首には大きい横線の傷と、首のラインを示すように血が二つに分かれ、項まで血が流れた痕。そして今も血がずっと心臓へと流れて行っているのだから。
「いや…どんなに誇りのある傷だとしてもその傷で戦いなんて」
「今更、何を言っているんですか?僕はもう『覚悟』が出来ているんですよ」
僕は村長の目をまっすぐと見た――その目にはもう狂いも迷いも存在していなかった。
「そうか…でもその傷で戦うこと出…」
僕はその言葉を遮って言った。
「だから言ったでしょう、僕はもう『覚悟』が出来ているって。
覚悟に傷なんて関係ないんですよ、だってこの傷が戦いに関係するんですか?
なにか不都合があるんですか?血が止まれば、もう傷じゃないのと同じです」
「、、、」
僕は本当の笑顔で村長の目を見て、明るい声で言った。
「じゃあ、娘さんを救いに行きましょうか」
村長は小さく頷いた。




