第60話
「どうして倉部先輩がここに?」
「小坂さんに案内してもらったの。あなたと仲がいいみたいだから」
「そうですか。用件は?」
「浅原さんと話したいことがあるの。お邪魔していいかしら?」
「今作業中なんですけど」
「それでもいいわ」
顔をしかめる。
さっさと玄関のドアを閉じたいところだけど、小坂さんの前でそんな振舞いをするのは避けたい。
現状はとにかく広報関連がとぼしい。
当初は色妃先輩の知名度やSNSを頼りにしていた。
今は別チームだ。SNSでゲームを宣伝してくれなんて言えない。
田中さんによる盗作の影響で、俺にSNSのアカウントはない。今から始めたところでフォロワーは増えないだろう。
だから誰かの知名度を借りることを考えた。
小坂さんはその第一候補だ。
倉部先輩は小坂さんの紹介でここに来た。下手に追い返して心証を損ねたくない。
「分かりました。手短にお願いします」
告げて二人に背中を向けた。背後で「お邪魔します」の声が上がる。
自室まで引っ込んでチェアに腰かける。
「あんまり物を置いてないのね」
「執筆に必要ないもので」
倉部先輩が俺のパソコンに視線を振った。
「その画面、プログラミングエディタじゃない。浅原さんはライターでしょ?」
「そうですね。今はライター兼プログラマーしてます」
「どういうこと?」
「チームを解散したんですよ。今は俺一人でノベルゲームの製作をしてます」
二つの目が丸みを帯びた。
「解散って、ちょっと待って。色妃さんはどうしたの?」
「別のチームでメインライターやってると思います」
「道理が通らないわ。色妃さんはあなたと作品を作りたがっていたのに」
「嫌がらせがエスカレートしたら危ないからですよ。あのまま続けたら色妃先輩に矛先が向くかもしれない。だったら距離を置くしかないでしょう」
「つまりあれから色妃さんとは会ってないと?」
「はい」
「あなたはそれで良いの?」
「良い悪いの問題じゃないんですよ。倉部先輩もそう言ってたじゃないですか」
「ファンクラブの会員だって人間よ。反省くらいできる」
「どうですかね。いわく誰だって関わり合いたくない団体でしょ? 連中は」
倉部先輩が瞳をすぼめた。
「あなた、そんなにいい性格してたかしら」
「えっと、あの……」
小坂さんが戸惑っている。
当然の反応だ。小坂さんは良かれと思って倉部先輩を連れてきたんだろうし。
当事者の俺だって走って逃げたい。
「あの時から気になってたんですけど、どうして先輩はファンクラブを設立したんですか?」
「そんなに不思議?」
「ええ。少なくともやばい団体の統括者には見えません」
「ひどい人ばかりじゃないのよ。一線を越えるのはほんの一握りで、大半は純粋にあこがれを抱いてる人たちなの」
「あこがれと言えば聞こえはいいですが、言ってしまえば所有欲や同化願望でしょう? だから勝手なイメージを押しつける。解釈違いを起こしたら攻撃する。違いますか?」
「否定はしない。でもそれって悪いこと? ファン活動で得た活力が日々の頑張りにつながるなら、それはとても素敵なことじゃない。浅原さんにだって、なりたくてもなれなかったものがあるでしょう?」
問われて記憶をたどる。
思い返すと、特定の誰かになりたいと思ったことはない。
しいて言うなら、教室でキャッキャする陽キャにあこがれたことはある。
それだって、俺じゃなれないと確信していたからうらやましかった。
あの輪に加わりたいと思ったことは一度もない。できないとすら思っていた。
ファンにとっての偶像と同じだ。
目指すことが間違いで、触ることは罪とされる。
身の丈を越えた願いは破滅を招く。古代ギリシャのヒュブリスがそんな意味合いで知られるけど言い得て妙だ。
俺は色妃先輩との創作を願ったから孤独な創作に追いやられた。
ファンクラブもその渇望ゆえに一線を越えて崩壊した。
ヒュブリスの正しさは現実が物語っている。
「俺はもう凝りました。そろそろ本題に入りましょう。倉部先輩は何をしに来たんですか?」
「いえ、用はもうすんだわ。時間を取ってくれてありがとう」
倉部先輩が背を向けて玄関に消える。
「結局怖かっただけなのね」
パタンとドアの閉じる音が鳴り響いた。
シンとした部屋に小坂さんと二人残される。
当初の予定通り小坂さんに語りかけた。
「小坂さん。冬コミ当日って何か予定あるか? 頼みたい案件があるんだけど」
「ごめん、その日はコラボ配信の予定があるんだ。何のゲームをするかの決定権は相手にあるから、ぼくの一存じゃ決められないんだよ」
「そう、か」
小坂さんの知名度は上がってきている。そりゃ誘いだって来るだろう。
別のVチューバーを探すしかない。
でも誰に?
考えて、ふと知り合いの顔が脳裏をよぎった。
「小坂さん。もしかしてそのコラボ相手って羽出好さんか?」
「そうだよ。よく分かったね」
だったらまだ手はある。
倉部先輩を案内してもらった礼を告げて、小坂さんを玄関まで見送った。




