第6話
心がほわほわする。
浮かれている。
全部街での出来事のせいだ。ナンパを撃退して、かわいい女の子に感謝されたあげくに連絡先を交換してもらった。
連続した成功体験。小説を盗まれた大失敗の後だから脳内物質がドバドバ出ている。
まるで地の底から雲の上まで浮き上がったような感覚。帰宅してからニヤニヤが止まらない。
この幸福感にひたってばかりもいられない。
俺は書かなきゃいけないんだ。小説を、あの性悪女に盗られた作品に負けない物語を紡がなくちゃいけない。
そうじゃないと俺があの作品に捧げた時間全てが無駄になる。
そう思ってキーボードの上に指を置くものの、一向に電子の文字列は伸びない。
モチベーションがわき上がらない。以前は何をモチベに執筆していたっけ。
単純に物語が好きだった。
小説サイトがある今、年齢問わずパソコンやスマートフォンがあれば書ける。運動勉学が平均的な俺にとってはこれだ! と思い至って執筆をがんばってきた。
その集大成を盗られたんだ。
田中さんへの苛立ち、憤怒。胸の奥から負の感情が噴火のごとくわき出る。エネルギーはそれこそ満ちあふれている。
執筆のエネルギーには事欠かないはずなのに、どうしてキーボードの上に置いた指は動かないんだろう。
「俺は怒りじゃ書けないのかなぁ」
怒りで覚醒するのは小説や漫画ありきの展開なのに。やっぱり俺は主人公にはなれないってことなんだろうか。
怒り以外。
俺の中にあるもので執筆に使えそうな物って何だろう。
考える。考える。
ふと脳裏に数十分前見た笑顔が浮かび上がった。
「そうだ」
指の腹でキーを押し込む。眼前にあるディスプレイの中で電子的な文字列が伸びる。
止まらない。
泉からわき出る水のごとく物語が浮かび上がる。盗まれた作品とは方向性が違うけど、これはこれで良いものだ。
ポイントが得られる方向性じゃない。
これでは評価されない。
頭の中に次々と反対意見が込み上げる。
「知ったことかよ」
口のはしっこをつり上げて指の動きを加速させる。
高評価を得るために小説を書いてきたわけじゃない。一にも二にも好きなんだ。俺の自己満足で何が悪い!
再び物語を紡ぐ作業に集中する。
お腹が鳴るまで執筆作業に没頭した。