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第41話


 二年生の代表が号令を出して打ち上げが始まった。


 テーブルの天板を飾りつけるのは色鮮やかな料理の数々。シックな内装が男女入り混じった談笑に満たされる。


 俺は一人だ。壁に背中をつけて、手に握るグラスをかたむける。


 さながらクールに子供たちを見守る大人の図。


 そう思わなきゃやってられない。だから大人はお酒を飲むのか。


「なーに一人で黄昏たそがれてんのよ」


 ちらっと横目を振ると、御子柴さんがストローをくわえて立っていた。


黄昏たそがれって言葉に物思いにふけるって意味はないぞ」

「普及したもん勝ちでしょ。今さら間違ってるって主張してもむなしいだけよ。それに小説家としては嬉しいんじゃないの?」

「なんで?」

「使える言葉が増えるじゃない。文章書く時に便利でしょ」


 意外と詳しいな。


 そういえば御子柴さんは、小説家の視点を知るために特別授業受けてたんだっけ。


「面白い視点だな。わざと間違った言葉を広めれば新しい概念を生み出せるってわけか」

「小説家のくせに正しい意味知らないのか! って人も出るから諸刃もろはつるぎだけどね。どうせならマミるの方向性にしときなさいよ」

「意図して作るのは大変そうだな。それでどうしたんだ? さっきまで友だちと仲良く話してたのに、喧嘩でもしたのか?」

「違うわよ。ポツンとしてた浅原が哀れだったから声をかけてあげたの」

「御子柴さんって何だかんだ優しいよな」

「はぁ? どこが」

「だって最初会った時もルールを教えてくれたじゃないか。現代日本で取り巻きのあれこれなんて考えたこともなかったし、正直助かった」

「ちょっ、やめてよ。まるで私がいいことしたみたいじゃない」

「いいことしたじゃん」

「してない! からかいに来てやったんだから、ちゃんと私にからかわれなさいよ!」


 端正な顔立ちがほのかに赤みを帯びる。


 グラスの中身がお酒だから、ってわけじゃないんだろうな。きっと。


 いまいち人の良さが隠し切れていない。普段教室では友人のおもちゃにされていることだろう。


 してやった感をさかなにしてジュースを口に含んだ。居心地のいい沈黙に身をゆだねる。


「浅原、あのチャットありがとね」


 横目を振ると、御子柴さんがそっぽを向いていた。


「あのチャットって、ボツを連続でくらってた時のやつか?」

「そ。あの時、私本気で嫌がらせを受けてると思ってた。でも浅原の決意表明を見て、私も負けてられないって思えたから頑張れた」

「その頑張りで生まれたのがあのグロイラストか」

「ええ」


 俺が書いたシーンのイラスト。厳密には、山岸さんが担当するはずだったシーンのイラストだ。


 ゲームという媒体を活かして、あのホラーシーンにはバッドエンドが用意されている。選択肢を間違えると主人公がナイスボート化するエグいシーンだ。


「苛立ちとか怒りとか、全部液タブにぶつけたらいい感じのができたの。先輩には感謝してるわ」


 御子柴さんが得意げに笑む。


 要するに、ペンをナイフに見立てて最終話の伊藤誠を作ったってことか。


 良い絵だったのに、描かれた経緯を知ると複雑な気分だ。


「やっぱ敵がいると身に入るわよね」

「そうだな。俺もライバルが欲しいよ」

「ライバル?」

「夏林先輩と色妃先輩を見てたら、互いに高め合える存在っていいなーと思ってさ」

「あれって夏林先輩が一方的にライバル宣言してるだけじゃない?」

「それは可哀想だから言わないでやって」

「でもさすがに差がありすぎない?」

「差はあってもいいんじゃないか? 自分が頑張れるなら何でもいいんだよきっと」


 有名な漫画のライバルだって、主人公に一回しか勝ったことがない奴もいる。


 それでも多くの人からライバル認定を受けている。全速前進する彼の背中にはロマンが詰まっているんだ。


「御子柴さんはライバルっているのか?」

「そりゃたくさんいるでしょ。同年代でイラスト描いてる人はそれこそ山のようにいるんだから。あんただってクラスメイトにそういう奴いるでしょ?」

「いるにはいるけど、小説ってある意味自分との戦いだろ? 誰かと競うって感じがしなくてさ」

「競えばいいじゃない。ネット小説の総合ポイントとか書籍の売り上げで」

「それを言ったら一部が有利すぎるからなぁ。書籍の発行部数とか誰も聖書に敵わないだろ」

「ああいえばこう言う」

「天辺しか見ない主義なもので」

「だから天ノ宮さんや色妃先輩に臆さず突撃できるのね。うらやましい」


 小さな嘆息が賑わいのある空気を震わせた。

 

 心外な。これじゃまるで俺が間違っているみたいだ。


「決めた」

「何を?」

「新しい目標よ。私、あんたが臆病風に吹かれるようなイラストレーターになってやる」

「俺は小説家だぞ? イラストレーターのライバルにはならないと思うんだけど」

「関係ないわよ。浅原が言ったんじゃない、自分が頑張れるなら何でもいいって。だから私はあんたを新しいライバルにする」

「強引だなぁ」


 口ではそう言ったけど不思議と悪い気分はしない。


 夏林先輩に宣戦布告された色妃先輩はこんな心持ちだったんだろうか。その後で誰? と問いかけた辺り、本当に眼中になかったんだろうけど。


 俺も口角を上げて応じた。


「いいよ。じゃあ俺は御子柴さんが臆すような小説家になるよ」

「またパクった」

「パクってないって」


 御子柴さんとパクるの概念を語り合う。


 論議に熱が入ってきた頃にお開きの号令がかかった。


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