第32話
「それ私たちに言ったの?」
真っ先に反応したのは御子柴さんだった。目を細めて三人組を見すえる。
「他に誰がいるんだよ」
「一応確認しただけよ。開口一番どけよって何様のつもり?」
「いいからうだうだ言ってないでどけって。そこは俺らの特等席なんだから」
「小坂さん、図書室に特等席なんてあるのか?」
「ないよ」
「あるんだよ。何俺ら無視して決めつけてんだ、一年生のくせして」
三人組のネクタイは色妃先輩と同じ青色。一応は上級生ってことになる。
こんな横暴な人たちに尊敬の念は持てないけど。
「ちょっと待っててくださいね」
生徒手帳を開いて中身をあらためる。
活字に目を走らせていると、生徒手帳が上方向に引っこ抜かれた。
「俺たちがいるのに手帳なんか見てんじゃねえよ」
生徒手帳がたたまれてテーブルの上に放られた。
「手帳には特等席の規則なんて書いてありませんでしたよ」
「関係ねえよ。お前、この学園がどんなふうにして成り立ってるか知らないのか?」
「成り立ちって、突然何の話ですか?」
「学費の話だっつの。クリエイター科の生徒は稼ぎの何割かを学費にプラスして払ってる。この意味が分かるか?」
「いえ」
「俺たちがお前らより偉いってことなんだよ」
二年生が得意げに口の端をつり上げる。
この人たち、何でこんなに自信をみなぎらせているんだろう。
理由を問う前に、ニヤつく男子の左胸がギラリと日光を反射する。
そこにあるのは青と金のバッヂ。
確か名前はヴァリュアブルバッヂ。学年で学費を多く収めた上位五名に与えられる褒賞だ。
「あなたが学費を多く収めていることは分かりましたけど、バッヂの特権って他の生徒をないがしろにできるものじゃないですよね?」
「分かってないなぁ、経済の縮図知らないのか? 平均年収の話くらい聞いたことあんだろ。あれは一部の富裕層が数字を引き上げてるんだ。大半は平均を下回ってるんだよ」
「学費もそれと同じだと?」
「そうだ。俺たちみたいな一部が大金を払ってるからこの学校は成り立ってる。だったらその一部に当てはまる俺たちが優遇されるのは当たり前だろ」
そう言われると言葉に詰まる。
俺の稼ぎなんてたかが知れてる。この学校は設備が充実しているし、維持費も並大抵な額じゃない。
きっと学費の大半はシュプリームファイブが担っている。だから高貴なる五芒星なんて大層な名前がついているんだろう。
彼らに次いでヴァリュアブルバッヂ所有者も大金を収めている。学園存続に多大な貢献をしているのは明白だ。
現に、周りの生徒はこっちをチラチラ見るだけで口を開かない。先輩方の言葉に一理あると思っている証拠だろう。
「いいんですか先輩? こんなことで恩を使っちゃって」
「は?」
二年生がすっとんきょうな声を上げて視線をずらす。
御子柴さんが得意気に不敵に口角を上げた。
「先輩方が学校の運営に貢献してるのは分かりました。その見返りに威張りたいのも理解できます。でもそれで貸し借りなしです。それって長期的に見ればマイナスでは?」
上級生が不快そうにまゆをひそめた。
「マイナスだと?」
「考えてくださいよ。今はパッとしなくても、いずれ大成して有名なクリエイターになる人もいるはずです。その人があなた方に恩を感じていたら、めぐりめぐって先輩方の得になると思いません?」
「情けは人のためならずってか?」
「そういうことです。まあつまり何が言いたいのかって言うと、あんたらでも役に立てるんだから黙って私に投資しろ」
「なっ⁉ お前!」
「静かに。ここは図書室ですよ?」
誰かが呼んできたのか、先輩方の後方に図書室の先生が立っていた。
「ちっ、行くぞ」
舌を打つ音に遅れて三人組が廊下に消えた。




