第29話
トラベルショップを出て通路をぶらつく。
話題は見つからない。
きっかけを見つけて口を開こうとしても、喉元まできた言葉が声になることなく消えた。
何をしても色妃先輩に上を行かれる予感がある。
むしろ口を開くことで逆に評価を落とすんじゃないか? そんな疑惑が恐れに転じてうまくしゃべれない。
きっと積み重ねが違うんだ。
色妃先輩はもっと若い頃から小説家デビューを果たしている。
小説を書く際に調べるのは基本中の基本。色妃先輩が俺より物を知ってるのは当たり前だ。築かれた地位や積み上げられた資産にも差がある。
色妃先輩は何でも持っている。
俺なんかが、一体どうやって彼女に興味を持たれるって言うんだ。
カフェに踏み入った頃にはあきらめモードだった。同じテーブルをはさんで舌を甘い液体にひたす。
「色妃先輩はどうして本を書こうと思ったんですか?」
ほっそりした指がページをめくる作業を止める。
色妃さんに興味を向けさせるのは絶望的。せめて解散までに色妃先輩のことを知りたい。
さりげないことでもいい。得られるものはたくさんあるはずだ。
「私帰国子女だから、小さい頃は日本語をうまく話せなかったの。イントネーションでばかにされたから本の世界に逃げて、気付いたら自分で書いてた」
色妃先輩に微かながらも親近感を覚える。
俺も入学式後はグループに入り損ねた。
自分からグループに突っ込んでいく勇気が持てなくて、書きかけのネット小説の執筆に逃げた。
人付き合いに飢えているそのタイミングを田中さんに突かれた。
俺の弱さの象徴みたいな出来事だったけど、おかげで色妃先輩にようやく人間味を見出せた気がする。
この人も同じ人間なんだなぁ。ほっこりした俺の前でページがめくられる。
ふわっと浮き上がったページが、また戻る。
ふと気づいた。
さっきから、いや俺と合流した時から本の左右の厚みが変わっていない。
色妃先輩はかなり速いペースでページをめくっている。俺が近くにいる時でも暇さえあれば活字を視線でなぞっていた。
他の作家が書いた小説を、それも同じ箇所を何度も見直す時はどんな時だ?
考えろ、考えろ。
ここがきっと分水嶺だ。
読んでいただきありがとうございます。
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