第23話
目覚めると見慣れない天井が映った。
壁の向こう側で微かな音が聞こえた。
まだ朝早い。朝活ってやつか。
いいなぁ。俺もそういうのにあこがれた時期がある。
今やるか。
せっかくの新天地。新しいことを始めるなら今しかない。
むっくと上体を起こした。カーテンをつまんで薄緑の布をシャーッと言わせる。
今日もいい天気だ。ジャージに洗顔、朝のルーティンをすませて玄関を後にする。
ランニングでバテて授業に集中できないのは本末転倒。探検気分でウォーキングにしゃれ込む。
広がるのは新鮮な街並み。早朝の澄んだ空気が心地いい。
視界内に緑が映った。最後に公園の地面を踏んだのはいつだったかなぁ。
郷愁にも似たものを覚えて靴先の向きを変えた。土の地面を踏みしめて樹木のにおいに包まれる。
ベンチの上に見知った横顔があった。
「おはよう小坂さん」
中性的な顔立ちが顔を上げた。
「おはよう浅原さん。早いね」
「お互いさまだろ。休憩してたのか?」
「ううん、今日は全然走ってない」
「体調が悪いのか?」
「そうじゃないんだけどね」
小坂さんが苦々しく笑う。
言いたくないことなら無理に聞き出すのも悪いか。
「そういえばアーカイブ見たよ。面白かった」
「うわ恥ずかしいなぁ、でもありがと。うれしいよ」
お礼の言葉を最後に沈黙が訪れた。
気まずい。共通の話題が見つからない。
こういう時二次元のキャラクターって何を話すんだっけ? 明らかに元気がない相手には何を言うべき?
思い出せ。最近読んだ漫画の中だと……。
「浅原さんはさ、ぼくの配信に何が足りないと思う?」
「え? えーっと」
その問いかけは想定してなかった。瞬時に思考をめぐらせる。
「バズり、かな」
コンテンツの流行りとバズりは切っても切り離せない。
ネット上には娯楽と情報があふれている。
その母数が母数だ。良いものが評価されるなんて時代はとうに終わった。現代は見つけてもらえるかどうかの時代だ。
小坂さんの配信は面白かった。それは最低限を抑えているからだ。
その最低限はいくらでも替えがきく。きれいなガワの作り方なんて調べれば出るし、お金があれば外注でイラストから3Dモデルまで全部そろう。
替えのきく状態から脱するには、バズりがもたらす爆発力を推進力に変えてライバルを置き去りにするしかない。
「バズりかぁ。ぼくじゃ無理そうだなぁ」
「小坂さんは大手Vチューバーになりたいのか?」
「それ以前の段階かな。このままだとクリエイター科にいられなくなるし」
「そりゃまたどうして?」
「ぼくには実績が足りないからね。登録者や再生数も伸びないし、このままだと転校するか一般科に移らなきゃいけないんだ」
クリエイター科の学費は特殊だ。一般科よりも低い代わりに、収益の何割かをプラスして払う。
クリエイターのタマゴに優しい一方で、悪用すれば学費を抑えて卒業できる。
その悪用を防ぐために、クリエイター科の生徒にはレポートの提出が課される。長期間成果が上がらなければ一般科へ移るか転校を迫られる。
小坂さんにはその足切りラインが迫りつつあるようだ。
「小坂さん。一つ提案があるんだけど」
これは言わないつもりだった。
小坂さんはただ一人の話し相手だ。関係がこじれるようなことはしたくない。
でも小坂さんが悩んでるなら話は別だ。
どうすれば伸びるか悩んだ時期は俺にもある。わらにもすがりたい思いには覚えがある。
俺は一度はためらった提案を口にした。
小坂さんはきょとんとしたけどすぐにOKを出した。それどころか身を乗り出してやってほしいとお願いされた。




