第21話
午後の授業を経て放課後をむかえた。
一般科の生徒は部活にしゃれこむ時間だけど、クリエイター科の俺たちは違う。
他の生徒にならって教室に足を運んだ。細長いテーブルとすれ違ってチェアに腰を下ろす。
クリエイター科の選択科目は大学の講義に近い。
講義と違うのは、授業に出ても単位を取得できない点だ。
必要と思うなら科目を取る必要はない。それで才能が伸びるならよし、伸び悩めば自己責任で一般科へ移るしかない。
文字通り自分のための授業だ。自然と気が引きしまる。
「ねえ」
乱暴な呼びかけを受けて振り向く。
茶髪の少女が立っていた。やや不機嫌そうに、まゆで逆ハの字を描いている。
俺は内心で身構える。
「あんたが浅原?」
「そうだけど、君は?」
「二組の御子柴実子よ。あんた、天ノ宮さんとどういう関係なの?」
「友だちかな? 少し交流があったんだ」
「ここにいるってことは小説家でいいのよね?」
そう問うってことは、この女子も小説家なんだろうか。
「ああ。まだ一巻しか出してないけどな」
「何それ、運よく面識があるだけなのね」
微かにむっとする。
間違ってはないけど、面と向かって堂々と言われると思うところがある。
「運がよかったのは認めるよ。この年で書籍出せるなんて環境に恵まれてないと無理だからな」
「自覚があるなら自重しなさいよ。天ノ宮さんと言葉を交わすなんて、普通は取り巻きに取り次いでもらわないと無理なんだから」
「詳しいんだな。じゃあ天ノ宮さんが人気な理由も知ってるのか?」
御子柴さんが目をぱちくりさせた。
「知らないで天ノ宮さんとお近づきになってたの?」
「ああ」
周りにとっての天ノ宮さんが天上人でも、俺にとっては偶然会ったきれいな女の子でしかない。
御子柴さんが得意げに語り始めた。
天ノ宮さんは小さな頃から声優として活動しているらしい。高校入学前に化粧品ブランドSana Cosmeticsを立ち上げて、一年生ながらにシュプリームファイブの末席に名を連ねたそうだ。
何というか、もってる人はもってるんだなぁ。
女子高生にして人気声優にして社長。俺とは別世界の住人みたいで現実味に欠ける。小説で天ノ宮さんみたいなキャラを出したらボツにされそうだ。
最年少八冠の棋士や寝るのが大好きな野球選手よろしく、現実は小説よりも奇なりってやつか。
「とにかく、以降は天ノ宮さんとの距離感に気をつけなさい。でないと余計なやっかみを買うことになるわよ」
じゃ。御子柴さんが言い残して別のテーブルに向かう。
正直拍子抜けだ。もっとめっためたに言われると思っていた。もしかして昼休みの様子を見て警告しに来てくれたんだろうか。
優しいなぁ。わざわざ初対面の俺を気にかけてくれた辺り、御子柴さんはツンツンしてるだけでお人好しなのかもしれない。
だめだな、いつの間にか田中さんの件で疑り深くなってた。
そもそも田中さんとは数回言葉を交わしただけだった。そんな浅い関係でユーザーホームを見せたのは俺の落ち度だ。
たった数回の触れ合いで人を理解した気になるな。自分に言い聞かせて特別授業に臨んだ。




