第15話
「えっと、つまり出版社は本を出し続けたいってことですか?」
「誤解を恐れずに言わせてもらうなら、まさにその通りです。浅原さんは自主回収を知っていますか?」
「ええ。食中毒が起こった時に、企業がお金を出して回収するやつですよね?」
「はい。実はそれ、出版業界でも起こり得るんですよ。盗作の件を明らかにしたら、出版社は絶版と回収をしなければなりません。今回は幸い一巻しか出てませんが、費用は数百万を下らないでしょう」
「だから俺の許可を得て出版を続けたいってことですか。優しいんですね」
「優しい?」
「だってそうじゃないですか。今回の盗作は田中さんが意図したものです。本の回収費用は田中さん、もしくはその両親の負担になる。違いますか?」
子供を溺愛する親でもポンと数百万を出せる家は多くない。家族関係の悪化はまぬがれない。
でも俺が宇曽田さんの提案をのめば、その支払いは必要ない。
その場合は盗作の事実そのものが表に出ない。法的措置や訴訟もなしだ。田中さんの愚行が両親に伝わることは避けられる。
「買いかぶりですよ。私はあの作品の続きが読みたいだけです」
「本当ですか?」
「本当ですって」
まあそういうことにしておこう。
宇曽田さんにも色々あるだろうし。
「もちろん便宜は図らせていただくつもりです。私も一編集者なのでできることは限られますが、浅原さんの要望に答えられるように努力します。いかがでしょうか?」
茶碗に腕を伸ばした。お茶を口に流し込みながら考える。
ペンネームの田中牧が田中さんの本名とはいえ、購入者から見ればそれはただのペンネームだ。書く人が変わってもばれることはない。
今手がけている小説には書きためがある。並行しての執筆には自信がある。
後は俺の気持ち次第だ。
「分かりました。続きは俺が書きます」
宇曽田さんが表情をやわらげた。
「ありがとうございます。浅原さんもたいがいお人好しですね」
「訴訟で田中さんに恨まれるのが嫌なだけですよ」
「そういうことにしておきます。じゃ早速ですが、二巻の執筆お願いしますね!」
変わり身の早さに思わず苦笑する。
編集者がすえ置きになるかは分からないけど、この人となら楽しくやっていけそうだ。




